半藤一利の『ぶらり日本史散策』(文藝春秋)を読んでいたら、マッカーサー神社のことが記されていた。
1951年、マッカーサーが解任された。『朝日新聞』社説は、「マッカーサー元帥を惜しむ」などという社説を載せた。マッカーサーは、「われわれに民主主義、平和主義のよさを教え、日本国民を明るい道へ親切に導いてくれた」というのである。
しかし6年前は、「比島決戦の歌」がうたわれていた。西条八十作詞だそうだ。
一、決戦かがやく 亜細亜の曙
命(いのち)惜しまぬ 若櫻
いま咲き競う フィリッピン
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
二、陸には猛虎(もうこ)の 山下将軍
海に鉄血(てっけつ) 大河内(おおかはち)
みよ頼もしの 必殺陣
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
三、正義の雷(いかづち) 世界を震わせ
特攻隊の 往くところ
われら一億 共に往く
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
四、御陵威(みいつ)に栄(さか)ゆる 同胞(はらから)十億
興亡岐(わか)つ この一戦
ああ血煙の フィリッピン
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
「いざ来いニミッツ マッカーサー 出て来りゃ地獄へ 逆落とし」というように、地獄に落とそうとしていたその人物を「惜しむ」。日本人は、何とまあ忘れやすい、簡単に権力になびく、という気がしてしまう。
それより、帰米するマッカーサーのために、
吉田茂内閣は、彼を「終身国賓」とする、国会は「感謝決議文」をだす、「名誉国民」にし、銅像を建てようという募金活動が始まり、なんと「マッカーサー元帥記念館」、仮称マッカーサー神社を建立しようという計画がだされた。
発起人は、秩父宮夫妻、最高裁長官田中耕太郎、朝日新聞社長長谷部忠、毎日新聞社長本田親男、大映社長野村吉三郎ら各界名士が並んだそうだ。
ところがこれらは、実現しなかった。アメリカに帰ったマッカーサーが「日本人はまだ生徒の時代で、まず12歳の少年である」などと言ったからだ。勝手に最高権力者・マッカーサーに媚びを売り、本人からは「日本人は12歳」とバカにされた日本人。
それでこれらの動きはなくなったようだ。この動き、日本人の特性を表しているようにも思える。
1951年、マッカーサーが解任された。『朝日新聞』社説は、「マッカーサー元帥を惜しむ」などという社説を載せた。マッカーサーは、「われわれに民主主義、平和主義のよさを教え、日本国民を明るい道へ親切に導いてくれた」というのである。
しかし6年前は、「比島決戦の歌」がうたわれていた。西条八十作詞だそうだ。
一、決戦かがやく 亜細亜の曙
命(いのち)惜しまぬ 若櫻
いま咲き競う フィリッピン
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
二、陸には猛虎(もうこ)の 山下将軍
海に鉄血(てっけつ) 大河内(おおかはち)
みよ頼もしの 必殺陣
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
三、正義の雷(いかづち) 世界を震わせ
特攻隊の 往くところ
われら一億 共に往く
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
四、御陵威(みいつ)に栄(さか)ゆる 同胞(はらから)十億
興亡岐(わか)つ この一戦
ああ血煙の フィリッピン
いざ来いニミッツ マッカーサー
出て来りゃ地獄へ 逆落とし
「いざ来いニミッツ マッカーサー 出て来りゃ地獄へ 逆落とし」というように、地獄に落とそうとしていたその人物を「惜しむ」。日本人は、何とまあ忘れやすい、簡単に権力になびく、という気がしてしまう。
それより、帰米するマッカーサーのために、
吉田茂内閣は、彼を「終身国賓」とする、国会は「感謝決議文」をだす、「名誉国民」にし、銅像を建てようという募金活動が始まり、なんと「マッカーサー元帥記念館」、仮称マッカーサー神社を建立しようという計画がだされた。
発起人は、秩父宮夫妻、最高裁長官田中耕太郎、朝日新聞社長長谷部忠、毎日新聞社長本田親男、大映社長野村吉三郎ら各界名士が並んだそうだ。
ところがこれらは、実現しなかった。アメリカに帰ったマッカーサーが「日本人はまだ生徒の時代で、まず12歳の少年である」などと言ったからだ。勝手に最高権力者・マッカーサーに媚びを売り、本人からは「日本人は12歳」とバカにされた日本人。
それでこれらの動きはなくなったようだ。この動き、日本人の特性を表しているようにも思える。
忙しくて、といっても毎日晴れていれば2時間ほどは畑で農作業をしているが、それ以外の時間はほとんどパソコンの前にすわり、様々な文献や資料をまわりにひろげて原稿を書いていた。
そして今日はボランティアで毎月行っている講座、昨日一日ひたすらその準備にあたった。テーマは「イスラエル建国70年 Palestineに平和は来るのか」である。トランプがアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移したこと、それに対する国際的な動きや反対の声、それだけでなく、イスラエル建国70年に対するPalestineの民衆の闘い、それらを伝えたいと思ったからだ。
ちょうど『現代思想』5月号は、特集が「パレスチナーイスラエル問題 暴力と分断の70年」。全てを読んだわけではないが、重要な指摘が満載である。パレスチナ問題に関心のある人は、買って読んだほうが良い。
スライドをつかって話すのだが、70年の歴史を、できるだけ地図や画像をつかって説明した。地図や画像は、ネットで検索するとでてくるが、歴史的な地図は日本語のものはほとんどない、検索するときは英語で検索していく、するとつかえる地図や画像にでくわす。それらを大量につかって、この70年の歴史を駆け足で説明した。
しかし説明しながら思ったことは、展望がない、ということだ。アラブ世界はすでに分裂し、Palestineへの連帯を示す国家はほとんどなくなっている。
中東に於いては、19世紀から、イギリス、フランスそしてアメリカが蛮行をくり返している。そのための拠点がイスラエルである。イスラエルは、シオニストによって建国された国家である。であるがゆえに、もとから住んでいるパレスチナ人には目もくれない。イスラエルのユダヤ教徒のなかから、イスラエルの歴史をきちんとみつめる者がでてくることが「急がば回れ」なのかもしれない。そういう動きが出て来ているようだ。
原稿を書いたり、スライドをつくったりしているうちに、メールや手紙への返信が滞っている。申し訳ない気持ちだ。6月中旬まで忙しさは続く。歴史を書くということは、みずからの脳裡に浮かんだことを書くのではなく、厳密に資史料をもとに、多くの研究を踏まえて書かなければならないので、とにかく時間がかかる。
時間とカネをかければかけるほど、よいものができると私は思っている。
そして今日はボランティアで毎月行っている講座、昨日一日ひたすらその準備にあたった。テーマは「イスラエル建国70年 Palestineに平和は来るのか」である。トランプがアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移したこと、それに対する国際的な動きや反対の声、それだけでなく、イスラエル建国70年に対するPalestineの民衆の闘い、それらを伝えたいと思ったからだ。
ちょうど『現代思想』5月号は、特集が「パレスチナーイスラエル問題 暴力と分断の70年」。全てを読んだわけではないが、重要な指摘が満載である。パレスチナ問題に関心のある人は、買って読んだほうが良い。
スライドをつかって話すのだが、70年の歴史を、できるだけ地図や画像をつかって説明した。地図や画像は、ネットで検索するとでてくるが、歴史的な地図は日本語のものはほとんどない、検索するときは英語で検索していく、するとつかえる地図や画像にでくわす。それらを大量につかって、この70年の歴史を駆け足で説明した。
しかし説明しながら思ったことは、展望がない、ということだ。アラブ世界はすでに分裂し、Palestineへの連帯を示す国家はほとんどなくなっている。
中東に於いては、19世紀から、イギリス、フランスそしてアメリカが蛮行をくり返している。そのための拠点がイスラエルである。イスラエルは、シオニストによって建国された国家である。であるがゆえに、もとから住んでいるパレスチナ人には目もくれない。イスラエルのユダヤ教徒のなかから、イスラエルの歴史をきちんとみつめる者がでてくることが「急がば回れ」なのかもしれない。そういう動きが出て来ているようだ。
原稿を書いたり、スライドをつくったりしているうちに、メールや手紙への返信が滞っている。申し訳ない気持ちだ。6月中旬まで忙しさは続く。歴史を書くということは、みずからの脳裡に浮かんだことを書くのではなく、厳密に資史料をもとに、多くの研究を踏まえて書かなければならないので、とにかく時間がかかる。
時間とカネをかければかけるほど、よいものができると私は思っている。
“アベさまのNHK”を日々実践している「国営放送」。私はテレビを一切見ないので、そのひどさを知ることができない。それを残念だとはつゆほども思わないが、NHKに関わる様々な報道を読むにつけ、意識ある人々はテレビを放逐してNHK受信料を払わないようにしようと、大きな声で叫びたくなる。
『日刊ゲンダイ』記事。
森友問題スクープ記者を“左遷” NHK「官邸忖度人事」の衝撃
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