読後感は複雑だ。本を読んで、新しい知識を得た、いろいろ考えさせられた、感動した・・・と一口に言えるようなものではない。この本に記されたことごとくのものは、空中に浮かんでいて、すとんと落ちてこない。
ユージン・スミスとはどんな人か、は描かれている。アイリーン・スミスも、家族の歴史も含めて描かれている。二人が協力して撮影した有名な写真についても説明されている。水俣病の歴史もきちんと記されているし、被害者たちの運動も描かれている。
だがそれらのすべてが、落ち着くところなく、そのまま示されたままなのだ。
水俣病そのものが、当然であるが、最終的な解決がなされていない、これまでも、これからも解決は存在しないから、なのか。
私は水俣病に関する本をかなり読んでいるが、これほど読後感がすっきりしないものははじめてだ。だが本当は、こうでなくてはいけないのだろう。問題が、問題として、続いているから。
ユージン・スミスの水俣病の写真集を買った記憶がある。書庫を探したがみつからない。「入浴する智子と母」という有名な写真。この写真が、家族の希望によりこれ以上公開されないようにしたいということをめぐる「動揺」。
ユージン・スミスの写真は、それを見る者に「考え、感じる」ことを促す。この本も同じことを求めているように思う。この本を読んで、「考え、感じ」て、と。
ぜひ読んで欲しい、と思う。
なお269頁の最後の行、「東京地裁は川本を72年12月に起訴する」とあるが、裁判所には起訴する権限はない。