『法律時報』という日本評論社の雑誌がある。法学部出身の私は、『法律時報』をしばしば購入して読んでいた。とりわけ臨時増刊号はほとんど購入していた。しかし今年、すべてを捨てた。そこに書かれていた論説は、現実によって踏み荒らされてしまったという気がしたからであり、さらにもうそうした本を読み、法律論を闘わすことはなくなったと思ったからである。
私が『法律時報』を読んでいた頃の執筆陣は、今刊行されている『法律時報』には見当たらない。もうほとんどがいなくなった。浦田賢治先生はご存命ということだが、もうあまり書かれていないようだ。
法学部にいながら日本史の勉強をしていたが、その分野でいろいろ教えを受けた先生たちはもうほとんど亡くなられてしまった。私は退職と同時に、歴史学関係の雑誌の購読をすべてやめた。それは、故田村貞雄さんに倣ったものだ。私が書いたものを読み、丁寧な感想をおくってくれたひろたまさきさんも亡くなられた。
『法律時報』も、歴史学関係の雑誌も、書いている人は、知らない人ばかりになっている。不運にも亡くなられたり、齢を重ねて引退されたのだろう。
齢を重ねてから、書くことをやめた学者もいるし、書きつづける人もいる。書くことをやめた歴史学者には、原口清先生や海野福寿先生がいる。齢を重ねても書きつづけた学者の原稿を編集したことがある。いずれもひどい文となっていた。以前は素晴らしい分析力と文章力を持っていたのに、送られてきたものはひどいもので、その方が以前書かれたものを読みながら修正に修正を加えたこともある。名誉のために、その方々の名前は明かさないが、歳をとるということはそういうことでもある。衰えるのだ。原口先生や海野先生はそういうことを自覚され書くことをやめた。私は、原口先生、海野先生に倣おうと思う。
さて岩波書店の『世界』。私にとって、現代を分析し考える重要な文献で、だからずっと購読しているのだが、最近の『世界』には迫力ある文が少なくなっているように思われる。私は読むと、目次のアタマに、◎や〇、×などを書いていくのだが、最近◎をつけるものが少なくなっている。もちろんそれぞれの文には、部分的に触発されるものはあるのだが、文全体からは受けなくなっている。
全てを読み終えたわけではないが、今月号で、もっともよかったのは、田中伸尚さんの大杉栄らと一緒に虐殺された橘宗一についての文、それ以外には立石泰則さんと辻野晃一郎さんによる対談“「劣化したリーダー」がなぜ増えたのか?”がよかった。
「結局、権力者は何でもできるし、誰も罪を問えないという状況になってしまった」
新自由主義が席捲し、その思考のもと、トップに権限が集中するということが、企業や政府、自治体、学校などにも浸透してしまった。そして、
「トップが節度を失って、権力を濫用するようになったときに、組織の中で声をあげると非常にまずい立場になってしまうというのが日本の組織の常」
だとする。組織の中に闘う組合があればよいのだが、現在ではほとんど一掃されてしまっている。トップに権限が集中するというとき、そのトップがトップとしての力量をもたないとき、その組織は崩壊へと向かう、今の岸田政権もそうだ。私たちもその船に乗っている。彼らのなかには、
「自分の会社さえ良くなれば、他はどうでもいい」
と考える者がおおくなり、その結果利権がはびこり、進歩がなくなり、衰退の一途をたどるということになる。
「トップ人事は非常に大切なわけです。」
それはいかなる組織、自治体においても、重要なことばである。
「組織が官僚化したら、会社では個人の自由な活動が規制されるようになります」
トップの顔色ばかりをうかがい、トップからの指示をひたすらこなす官僚的な人種が増えている。
組織を活性化するためには、
「社長公選制を導入するだけではあまり効果がない。管理職の公選制の導入が大企業病を防ぎ、組織を活性化させる重要な手段になる」
その通りだと思う。振り返って見れば、学校現場は校長、教頭を除き、中間の主任クラスは実質公選であった。文科省がひたすらそういう民主的な慣行を潰し、トップダウンの形態となるようにすすめてきた。文科省は、いらない!
あらゆるところで、現在のヒドイ状態をなんとかするためには、
「やっぱり諦めずに自分にできることをやるしかない。自分にできることは何かというと、まずは、自分の意見を隠さず、ひるまず、しっかり発信していくことと、そしてその意見に責任をもって行動していくということではないでしょうか。」
「間違っていることは間違っていると、おかしいことはおかしいと声をあげることからはじめなければいけない」
結論はありきたりではあるけれども、確かにこれしかない。