浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

啄木の政治の見方は鋭い!

2018-05-24 20:39:26 | その他
 日本政府が、アメリカ艦隊を歓待したことに対する、啄木の批評である。『岩手日報』1908年10月30日に掲載されたものだ。

 然れども、御馳走政略は遂に善良なる政略に非ず。吾人は帝国の外務当局者に対して、よく斯る機会を利用するの功慧を嘉すと共に、常に堅実にして不抜なる外交方針を把持せむことを希望せずんばあらず候。一時的の御馳走政略によりて得たる好感情は、譬へ如何に大なりと雖ども遂に又一時的ならざるを得ず。機会に信頼するものは機会に翻弄せられる。これ啻に外務当局者のみならず、 五千万同胞の常に思念すべき所なり。帝国外交氏に恨事多き、その由読りて来る所多々ありと雖ども、要するに、国民的自覚の上に建てられたる不抜の外交方針なきは、其最大の原因に非ずや。

 アベ政権も、各地に旅行して、Japanマネーを投入する約束をしている。その大盤振る舞いをみていると、啄木の言う「御馳走政略」と同じことだと思う。「一時的の御馳走政略によりて得たる好感情は、譬へ如何に大なりと雖ども遂に又一時的ならざるを得ず。」は正論である。啄木の日記を読んでいると、ダメンズであることばかりが気になってしまうが、こういう格調高い論説を書けるのだから、啄木はやはりすごい人物だ。

 現代の日本において、「国民的自覚の上に建てられたる不抜の外交方針」ありやなしや?
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へー、共同通信の・・・・

2018-05-24 20:36:38 | その他
 日大アメフト部のもと監督・内田氏らの記者会見で、司会をしていた人、もと共同通信の論説委員長だったとのこと。へえ、こんな人が論説委員長だったなんて、共同通信という会社も、たいしたことないね。

内田前監督ら主役の座を奪った「上から目線」日大広報の正体  記者とのバトル一部始終
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やはり日大らしい?

2018-05-24 08:09:24 | その他
 私はアメリカンフットボールに全く興味がない。しかし、今回の事件、日本大学の対応に、日本が壊れているという感じがした。アベ政権、狛江市長、日本大学、いずれもウソをつき、ウソを維持するために、ひたすらウソをつき続ける。客観的には、真実が何であるのかはほぼ認識できるのに、それでもウソのうえにウソを乗せていく。

 日本大学、私が学生の頃、「ポンダイ」と呼んでいた。なかば侮蔑的な意味合いをもって。というのも、日本大学では、学園トップ、確か古田だったか、彼の専制的な運営に対して学生たちが強い抗議の声をあげていたからだ。日本大学の学生たちの主張は至極当然であったし、大学当局の対応は、今回のアメフト事件の対応と同じく、ひどいものだった。

 昨日の日大側の記者会見をみて、ああ、体質は変わっていないんだ、と思った。それにひきかえ、事件当事者の学生の、真実を話そうという姿勢には、未来があると感じさせられた。

 権力を持つ者がウソをつき続けるその厚顔無恥に、日本という国は終末にむかっているという気がしてきた。支配層に、倫理性が失われている。ということは、社会全体にそれが蔓延していくことにもなるだろう。

 日本大学が、日大闘争の時代とほとんど体質がかわっていないとするなら、支配層が日大化、ポン大化してきたということなのだろう。日本のポン大化、私は明らかに侮蔑をこめてこのことばを使っている。

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ふと見つけたHP

2018-05-23 22:17:51 | その他
 私が学生の頃、川口大三郎くんという学生が殺された。殺したのは革マル派という党派である。

 大学の文学部のキャンパスは本部キャンパスとは離れていた。文学部の自治会は革マル派が牛耳っていて、文学部キャンパスは革マル派の暴力支配が行われていた。私は法学部であったので、そのキャンパスにはほとんど行かなかったが、時々革マル派の暴力で顔面が土色となったぐったりした学生の姿をみることがあった。革マル派は、他の政治組織のメンバーに、特高並みの暴力を振るっていた。

 川口君が殺された後、その暴力支配に対し、文学部の学生をはじめとして全学の学生が立ち上がり、連日一号館前で革マル派糾弾の集会が開かれた。私も参加していたが、その集会で髪を長くした樋田毅くん、彼は特定の政治組織に加わっていない正義感の強い学生であったが、彼の演説を何度か聴いている。彼は文学部の自治会委員長に就任していたという記憶がある。

 しかしその運動も、盛り上がるときがあれば退潮するときもある。退潮するなかで、文学部に革マル派の暴力支配が復活し、樋田君はキャンパスに入れなくなった。また革マル派の暴行を受けて骨折などしたと聞いたことがある。

 その樋田君は、大学卒業後に朝日新聞に入社し、あの赤報隊事件の追及に全力を投入し、最近、『記者襲撃 赤報隊事件 30年目の真実』を出版した。私はもちろん購入して読んだが、持ち前の正義感がみなぎっている本だ。

 この事件や、あるいは国鉄分割民営化の時に、革マル派は国鉄当局と一体となって国労などの労働組合の排斥に協力したことから、私は革マル派に対しては、許さない、という気持ちをいまも持っている。労働法に「不当労働行為」というものがあるが、国鉄からJRに移行するときに、分割民営化に反対する特定の組合員を差別し、雇用しないという、国家的不当労働行為に協力したのが革マル派であった。

 その川口君虐殺事件のことをまとめたサイトを、偶然見つけた。

川口大三郎君追悼資料室がそれである。

 私が学生時代、もう一人忘れられない学生がいる。山村君と言って、在日の学生で、ちかくの穴八幡神社で焼身自殺した。彼の自殺の背景にも、革マル派の暴力がある。

 この資料室には、当時のビラがPDFで掲載されているが、私も実は当時のビラを保存している。文学部ではなく、本部キャンパスで配られたものだ。このビラをどこかでひきとってもらえないかと思っているところだ。
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狛江市長も嘘つき

2018-05-23 08:16:36 | その他
 安倍政権や官僚、日本大学、狛江市長。嘘つきばかりが徘徊している。そういう嘘つきには、本来ならば鉄槌を下さなければ、社会は健全とならない。今日のニュースでも、首相は堂々と見え透いたウソをつき続ける。そのウソを政権与党や官僚が下支えする。もう狂っている。

狛江市長に被害女性が実名で抗議文「もう我慢できない」
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啄木の「貧」

2018-05-22 22:17:55 | その他
 啄木は天才だ。天才であるが故か、カネに無頓着のようだ。啄木は、借金ばかりしている。その借金のルーツは、啄木の浪費にあるようだ。中学校を退学した後、彼は上京する。しかし持参したカネをほどなくつかいはたし、借金生活にはいったようだ。

 その総額は、200円くらいだという。

 啄木の父が宝徳寺の住職を追われたのは、本来曹洞宗宗務局に納めるべきカネなどを、啄木がした借金の穴埋めにつかったからだという。父の収入がなくなる、となるとどこかからカネを工面しなければ生きていけない。ここから借金依存の生活が始める。

 今もそうだが、きちんとした収入がある仕事についていないと、どうしても貧困となる。貧困に入りこむと、そこから脱出することはできなくなる。貧困は貧困を生み育てる。

 啄木のその後の人生は、貧困を引きずりながら、それでいてある意味自信過剰の人生を生きていく。啄木は、みずからの才能に自信を持っていた。彼の日記を読むと、確かに自信を持ってよいほどの力を持っているし、それを磨いてもいる。

 しかし、その「貧」は、啄木の生命に食らいつき、その生命を奪っていく。

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安倍政権と日本大学

2018-05-22 20:56:52 | その他
 日本大学のアメフト部の犯罪的な行為が問題となっている。今日、その行為を行った部員が記者会見を行った。彼は、おそらく真実を語っている。
 
 さてそれに対し、日大広報部がコメントを出した。

 『朝日新聞』記事から広報部の発表文を示す。

本日、本学アメリカンフットボール部の宮川泰介選手が、関西学院大学フットボール部との定期戦でルール違反のタックルをし、相手選手にけがを負わせた件につきまして、心境を吐露する会見を行いました。厳しい状況にありながら、あえて会見を行われた気持ちを察するに、心痛む思いです。本学といたしまして、大変申し訳なく思います。

 会見全体において、監督が違反プレーを指示したという発言はありませんでしたが、コーチから「1プレー目で(相手の)QBをつぶせ」という言葉があったということは事実です。ただ、これは本学フットボール部においてゲーム前によく使う言葉で、「最初のプレーから思い切って当たれ」という意味です。誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います。

 また、宮川選手が会見で話されたとおり、本人と監督は話す機会がほとんどない状況にありました。宮川選手と監督・コーチとのコミュニケーションが不足していたことにつきまして、反省いたしております。


 しかしこれは真実を語っているとは、とても思えない。「最初のプレーから思い切って当たれという意味」で、相手のQBを倒せという意味ではないのだったら、何故にあのプレーをした後に、日大のコーチなどはプレーヤーに「そういうことではない」と言わずに放置したのか。「思い切って当たれ」ということが、すなわちQBをつぶすことと理解していたから、コーチなどは何も注意しなかったのだろう。

 ウソをつき続ける、まさに安倍政権と同じ。ウソの蔓延。ああ、この国は腐っている。
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警察庁長官狙撃事件の真実

2018-05-22 08:58:26 | その他
 江川紹子さんと、執筆者のもと警察官の対談は、読む価値あり。

警察庁長官狙撃真犯人「捜査秘録」 原雄一×江川紹子 元警視庁刑事が明かす7年間の取調べの全貌
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腐朽する政権

2018-05-22 08:10:55 | その他
 こんなにもウソをつき、こんなにも身内や友人に国家や自治体の財産を山分けし、世界各地にカネをばらまき、外交では諸国からほとんど無視され、経済政策も無策を貫き、こんなにも暴言を吐き続けているのに、国民の中には、あるいは財界は、それでも安倍政権を支持する。なんとまあ、日本のおとなたちの倫理観、正義感はさび付いてしまったことか。

 愛媛県が新しい公文書を明示した。

首相「獣医大学いいね」 加計理事長と15年2月面会 愛媛県が新文書

安倍首相の嘘を完全に証明する文書を愛媛県が提出!「加計理事長と首相が面談、首相から『獣医学部はいいね』」

 でてくる文書は、首相や官僚等がウソをついていることを証明しているが、それでも平気でウソを続ける。その神経たるや驚異的である。退廃の極地である。

 またアソウの下品な発言、顔も品がないが、もうとどまるところを知らない。

暴言連発の麻生財務相、即刻政治家を辞めるべき、これだけの理由

 腐臭を放つ日本や日本人を、外国人は呆れている。それでも、「日本はすごい」などと一部の方々はご満悦である。おそらくその背景には、日本のテレビの問題がある。おとなたちは、テレビを見ている。私がテレビを全く見ないというと驚く人が多い。周囲のおとなたちはテレビで話されていたことをネタに話し合っている。

 日本人の倫理観、正義感を貶めているのは、テレビである。テレビが、腐朽する政権を支えている。
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忙しい

2018-05-21 22:14:03 | その他
 今日は、海野普吉の小冊子をつくる準備で午前中つかう。寄せられた原稿の表記の統一などを行う。昼前に印刷屋さんが来宅。原稿を渡す。未だ二人の方から到着していない。一人の方に電話をいれたら、居留守をつかわれた。もう一人にはファックスで催促。しかしもう催促はしない。最初の締め切りが4月末、次は連休明け、そして20日と締め切りをのばしていったが、これ以上は待てない。

 午後は、23日に行われる浜松市政についての講演の準備。パワーポイントで話すことにする。おそらく明日もその作業。

 啄木の日記を読んでいるが、近年学校で「朝読」というのがおこなわれているが、啄木は代用教員として「朝読」を実践している。それもまさに「朝読」という言い方で。

 このことば、最近の言葉だと思ったら、啄木がつかっていた。「朝読」の歴史は古い。
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啄木「渋民日記」(1)

2018-05-20 13:10:29 | その他
 1906年の「渋民日記」は、内容豊かで、感動すら覚える。さすがに「詩人」だけあって、唸るような表現がある。啄木は二十歳である。

四月24~28日

 自分は、涙を以て自分の幸福を絶叫する。

 そしてこれも。名文だと思う。

 渋民村の皐月は、一年中最も楽しい時である。天下の春を集めて、そしてそれを北方に送り出してやる時である。花といふ春の花は皆この五月に咲き、鳥という春の鳥は皆この五月に啼く。山も野も人の心も春の装束をつけて乾坤の笑を湛えるのはこの五月である。五月は春の盛りで、又、趣深き行春の季(とき)である。

 下線の部分に、私はいたく感動した。   

 ついでに徴兵検査の日の日記を紹介しよう。彼の検査は、4月21日であった。検査の結果は、

 身長は五尺二寸二分、筋骨薄弱で丙種合格、徴集免除、予て期したる事ながら、これで漸く安心した。
 自分を初め、徴集免除になったものが元気よく、合格者は却って頗る銷沈して居た。新気運の動いてゐるのは、此辺にも現はれて居る。
 (中略)
 一家安心。


 日露戦争後の、軍隊に対する意識である。啄木は、「新気運」と書いたが、日露戦後、「文壇では硯友社一派の封建的遺習に対して自然主義、現実ばくろがさけばれ、個性の尊重、個人の解放が合言葉となり、政治的には軍部と藩閥批判、普選の要求、そして社会主義運動が頭をもたげ」(山川菊栄『二十世紀を歩む』)るなど、新しい動きが出て来た。渋民村でも、そうした気運があったということなのだろう。

 
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啄木の日記「甲辰詩程」

2018-05-20 11:09:06 | その他
 「甲辰詩程」は、明治37年、啄木18才である。16歳で上京、しかし金を使い果たして翌年2月帰郷。

 明治37年は1月に堀合節子との婚約成立する。

 1月1日 啄木は年初の希望を記す。

 白姫が天ふる領の白彩に光は湧きて
 新世なりぬ。
 地に理想天に大日の眩(は)ゆき世に眩ゆき
 希望の春を迎へぬ。


 「白姫」は、冬をつかさどる女神である。おそらくこの頃、岩手は白い雪に覆われているのだろう。それを「白彩」としたのか。
 私の住むところは雪は降らない。高校を卒業して上京した冬、窓から降り積もった雪を見て、なんて美しいのかと思った記憶がある。都会の塵や醜さを覆い隠した雪の美しさは格別だった。
 
 その「白彩」に太陽の光が射し込む。眩いほどの「白彩」に、春を感じたのだろう。

 1月4日

 天は曠し。地は大なり。さて宇宙はこれを包みて無限の高きに見る。ここに我生命あり、思想あり。曠く大なるが故に、その動きを見えず。限りなき高きが故に其丈計られざるなり。凡てを包むが故に、小さき眼はこれを無実虚無と見、限りなく深きが故に其深さ却りて浅きに似たり。ああ天の才のみ独り真に自由なるかな。

 未来ある若き頃、無限に続く生きゆく先を遠望する啄木。みずからの才能を確信し、その確信のうえに、みずからを自覚する。啄木は、齢を重ねた私が読むべきものではないとふと思う。

 
 8日

 この情熱。この情熱、はたして私にあったか。高校三年のころを振り返ると、つきあっていた女性はいたが、ここまでの情熱はなかった。ただ『椿姫』や『マノンレスコー』を読んで、情熱的な愛には憧れていたが・・・

 夜の八時すぎまでせつ子と語る。ああ我けなげな妻、美しの妻、たとへ如何なる事のありとて、吾らは終生の友たる外に道なきなり。さなり、愛なくして吾は如何にして生くべきや。ああこの一問はやがて我終生の方針なり、理想なり、希望なり。波立つ胸のいかに温かなりしよ。輝く瞳のいかに美しく、又鋭く我心を射たりしよ。

 啄木の日記は、妻節子にあてたラブレターではないかと思う。

 この年、日露戦争開戦。啄木も、「大日本帝国」の一員としての感慨をかきつける。旅順港封鎖の報を受け、「日本軍にして始めてなしうべき大胆の事たり。痛快」と書く。

 この頃の啄木に、「大日本帝国」の虚妄は見えていない。


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鴻毛よりも軽い「閣議決定」

2018-05-19 23:31:56 | その他
 安倍政権による「閣議決定」は、白を黒としたり、天を地と言ったり、まあふつーでは考えられないことをする。

安倍内閣が「柳瀬元首相秘書官と愛媛県の面会確認は困難」の閣議決定! 裏で今治市の2つの証拠文書を隠ぺい
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啄木は天才だ

2018-05-19 22:57:24 | その他
 いろいろな石川啄木論を読みながら、他方で啄木の日記を読みはじめた。筑摩書房の全集の第5巻である。最初は、明治35年の「秋韷笛語」である。まず「韷(ラク)」という字に驚く。初見である。意味は「やかましい」である。秋のやかましい笛のことば、とでも言うのだろうか。

 明治35年という年は、啄木は16歳。盛岡中学校を退学した後に書き始められた日記である。啄木は、その後上京する。

 いくらこの時代が漢語が周囲にあったからといって、それを自在につけるのだから。同時に、日記に記された歌の数々。自分の16歳の時のことを考えると、啄木は早熟の天才ではないかと思う。

 読んでいて思ったのは、友人や恋人の節子らとの間でかわされる書簡・葉書(「端書」)の多さである。さしづめ現代ではラインとなるのであろうか。また相互に訪問しあう回数の多さ。電話などないから行ってみてはじめて留守とわかることもしばしばである。

 また啄木はよく泣く。涙という字が多い。井上ひさしの啄木についての戯曲が、「泣き虫なまいき石川啄木」とする所以である。

 「人は安閑として居るうちに己れの才を失ふことあり注意せざるべからず」

 天才はまた努力の人でもある。啄木は、確かに「安閑」としていない。動き回る。手紙を出し、誰かと会い、そして議論をかわす。

 あらず、自を信ずる者、大なる思想を仰ぐ者、高き光を目ざす者、何すれぞ、強いて狭き籠の中を慕はんや。恋人は云ふ、理想の国は詩の国にして理想の民は詩人なり、狭き亜細亜の道を越えて立たん曠世の詩才、君ならずして誰が手にかあらんや。妾も君成功の凱旋の日は、成功に驕る手か失敗にわななく指かして祝ひの歌奏でん。(11月30日)

 このことばは、おそらく上京する前に、節子が啄木に語ったことなのだろう。啄木と節子の強固な愛の姿に、私は感銘を受ける。

 啄木はこう続ける。

 ・・・・吾恋ふ君よ、永世の恋の囁き、君ならずして何の人かよく吾胸に吹き込みえんや。

 啄木の、愛は情熱的である。

 16歳、こういうことを、私は書けなかった。
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ネトウヨを提訴するそうだ

2018-05-18 22:20:54 | その他
 今日の『東京新聞』の「特報」欄にもあったが、ネトウヨが大挙して弁護士会へ懲戒請求を行っているとのこと。『東京新聞』記事や『日刊ゲンダイ』の記事を総合すると、そういうことをしている輩は、確信犯的にやっているのではないようだ。

 だが、私は、社会にネトウヨ的な風潮が静かに蔓延しているのではないかと疑っている。つまり「時流」である。現在はネトウヨ的なものが、現在のトレンディなのだ。

被害を受けた弁護士が反撃の提訴! ネトウヨの集団懲戒請求を煽動した「余命三年時事日記」ブログのヤバさ
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