2019年11月17日、日本交渉協会の第41回燮会に参加してきました。燮会は交渉アナリスト1級会員のための交渉勉強会です。
いつもどおり、燮会は二部構成。僕が担当する第一部「交渉理論研究」は、「交渉者のディレンマ」の最終回。前回は、ディレンマからいかに脱出するかと、偽りの協力行動にどう対処するかについてお話しさせていただきました。過去2回は「交渉テーブル」についた時の対処法でしたが、今回のテーマは「ゲームを変える」。つまり、交渉が膠着した場合に、交渉を取り巻く環境やルールから見直そうというものです。
本シリーズの「交渉者のディレンマ」は、主にD.ラックスとJ.セベニウスの研究を基にしていますが、彼らが著した『最新ハーバード流 3D交渉術』(阪急コミュニケーションズ)は、まさにこの「ゲームを変える」ことの重要性を強調しています。
最新ハーバード流 3D交渉術 | |
斉藤裕一 | |
CCCメディアハウス |
さて、「ゲームを変える」方法は沢山ありますが、今回取り上げたのは「調停」、「単一交渉草案」、「合意後の合意」の三つです。
初めに調停ですが、これは二者間交渉では打開でいない場合に中立的第三者を介在させるというものです。調停者はこれまで述べてきた「交渉者のディレンマ」を回避させる役割を担います。調停というと、民事調停や家事調停など、司法の世界を思い浮かべる方も多いと思いますが、日本における司法界の調停はまだまだ法律万能主義に偏るところがあり、ここで述べている調停とは異なるようです。また、交渉学もその興りからロースクールとの関係が深いので意外だったのですが、日本の司法界では驚くほど交渉学が普及していない、と参加された方から伺いました。
単一交渉草案は、1978年のイスラエルとエジプトの領土紛争を調停した「キャンプ・デイビッド交渉」で一躍有名になったもので、調停者が双方の批判を取り入れながら、合意案をまとめていくというものです。
合意後の合意は、H.ライファが唱えたもので、激しい敵対関係にあるような時は、創造的手法そのものが難しい場合があるので、まず合意できることから「暫定合意」し、それをある意味BATNA(合意に至らなかった場合の最善の代替案)として、話し合いの糸口をつかもうというものです。
今回の「交渉者のディレンマ」は第2回を2019年5月号、第3回を2019年7月号のニュースレターで取り上げる予定ですので、詳しくはそちらをご覧ください。
第二部は、第36回燮会以来となる、1級会員の末永正司さん。今回はタイミングよく、「交渉現場で交渉理論がどう使われているか-実践から交渉理論へ、交渉理論から実践へー」と題して、架空企業の調達を巡る「交渉者のディレンマ」状況についてお話しいただきました。
【参考:過去の末永さんの回】
第8回燮会:分配型交渉における定跡と統合型交渉への移行について-交渉テーブルの向こう側-
第11回燮会:剣豪に学ぶ交渉
第18回燮会:駆け引きと交渉について
第24回燮会:ロールプレイング・ゲームの研究
第33回燮会:交渉における親密度について~物理的距離と心理的距離~
第36回燮会:『交渉テーブルの向こう側』~ 苦悩する購買担当者たち ~
ケースは、架空のロケットメーカーとエンジンメーカー二社(既存/新規参入)を巡る、高性能エンジン調達の話。三社の立場から書かれたケースを読み、それぞれの担当者から見た「交渉者のディレンマ」状況と、現実に起こり得る事例を交えながら担当者はゲーム的にどのように考えるのかを検証しました。
ゲーム理論は非現実的な様々な仮定が置かれているので、しばしば「現実の役には立たない」ということも言われます。確かに、「ゲーム理論がこうだから、現実も同様である」ということはできません。しかしながら、現実に起こり得る購買交渉をつぶさに見ていきますと、そこには確実にゲーム的要素が現われています。今回のケースでも、意識しているか否かにかかわらず、担当者は合理的に相手の支配戦略を見抜いて、自分の戦略を決めたり、繰り返しゲームに持ち込んだり、あるいは第一部のテーマであった「ゲームを変え」たりといった行動をとっていました。発達心理学者のカート・フィッシャーは、「能力の成長とは、自分の知識や経験を抽象化し、自分の言葉で言語化、持論を形成する能力を高めることをいう」といった類のことを述べていますが、そこに末永さんのおっしゃる「実践から交渉理論へ、交渉理論から実践へ」の意義があるように思います。
今回は初めて参加された新1級会員の方もおられましたが、積極的にご質問やご意見をいただいたおかげで、学びの多い会になったと思います。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした