「若冲と江戸絵画」展 東京国立博物館 (その2・京の画家)

「若冲と江戸絵画」展の拙い感想シリーズです。今日は第二章の「京の画家」。ここでは、若冲とも重なる京都の絵師たちから、特に円山派の作品などが幅広く紹介されていました。早速、見応えのある作品がズラリと並んでいます。



第一章の感想で取り上げた鯉と同じように、この展覧会では虎をモチーフとした作品がいくつも登場します。私がその中で惹かれたのは、会場入口に展示されていた長沢芦雪の「猛虎図」(18世紀)と、亀岡規礼の同名の作品でした。芦雪の虎が、まるで獰猛な番犬のように鋭く、また強圧的とすれば、規礼のそれは艶やかな毛並みを披露した美しいモデルでしょう。ただその一方で、殆ど妖怪のような風貌を見せる片山楊谷の「猛虎図」(18世紀)や、レースの編み目のように細かい毛並みを見せる源キ(王へんに奇)のそれは、私には少し生々し過ぎて見えてしまいます。あまり好きではありません。また、会場外の企画展示室にあった「虎図屏風」(17世紀)は、一言で簡単に表せばとてもヘンテコな作品です。大きな牙を見せながら、その存在感を誇示するかのように月へ向かって吼えていますが、私には、彼が何かに恐れを為して悲鳴をあげているように見えました。とんでもない化け物でも登場したのでしょうか。後ろ足を竹へくっ付けて下がっているのは、もう逃げ場がない証拠なのかもしれません。次の瞬間には襲われてしまっている。断末魔の苦しみとはまさにこのことのようにも思えました。

円山応挙の名品がこのセクションで展示されています。それが「赤壁図」(1776)です。私など赤壁と言えば、すぐに戦いのイメージを浮かべてしまいますが、これは中国・北宋時代における舟遊びの光景を描いた作品だそうです。岩肌の荒々しく露出した赤壁と、雄大に流れ行く長江。一艘の小舟がのんびりと川に揺られていました。川面に浮かんでいるのは月明かりでしょうか。ゆらゆらと弛む水面が、透き通るほどの細い線にて丁寧に表現されています。また談笑する者たちや、お茶を沸かす人の姿もどこか可愛らしい。微笑ましく、情緒豊かな光景。地味ながらも素敵な作品かと思います。

応挙門下では、円山応震(応挙の次男の子。)の「駱駝図」(18世紀)も印象的でした。まるで人間のような顔をしたラクダが二頭、くつろいだ姿にて並んでいます。ちなみにこのラクダは、当時、長崎へ来航したオランダ船によりもたらされたものだそうです。応震はそれを写生したのしょう。背中にかけての長い毛が、まるで風に吹かれているように靡いていました。ちなみに応震の作品は、夏と秋の麦畑を描いた「麦稲図屏風」(19世紀)も展示されています。画面中央をまるで大河のように滔々と貫く霞。その描写が麦畑のデザイン的な表現と相まって、作品全体を抽象的な味わいに仕立て上げています。こちらは私にはあまり魅力的にうつらなかったのですが、「駱駝図」に見られる繊細さと、その一方での「麦稲図」の大胆さはとても同じ作者には見えません。他の作品も拝見してみたいです。

抽象的と言えば、まるでシニャックの点描を思わせる池観了の「山水図」(18-19世紀)も面白い作品です。米点と呼ばれる横点にて象られた山や木々。朱に色付いた山の景色も見事ですが、水辺に迫る木の葉の明るい緑がとても爽やかです。そしてその米点に対する、殆ど無造作に描かれた木の幹や枝。まるで下から狼煙があがっているかのように揺らめいています。その対比も興味深いと感じました。

狼煙と書いて思い出しました。長沢芦雪の「神仙亀図」(18世紀)にもそんな表現が登場します。右幅の亀に注目です。波を高く乗り越えて進む亀が描かれていますが、その亀の前に描かれた波の描写はどうでしょう。狼煙と言うよりも、むしろペンなどの試し書きのニョロニョロと称せるかもしれません。また亀の口から出ているかのような波は、まるで彼が煙草を吹かしているかのようでした。この作品は、おそらく即席で描かれたとのことですが、デフォルメ感と、良い意味での力の抜けた表現は何とも記憶に残ります。非常に高いレベルに仕上げられた芦雪の「牡丹孔雀図屏風」(1781)と、この「神仙亀図」や「軍鶏図」(18世紀)を同時に見ると、一言で芦雪の作風とはこれだと示せないような奥深さを感じました。芦雪もいつかはまとめて見てみたい画家の一人です。

若冲の描く雄鶏にはどれも強烈な自我を感じますが、岸駒の「雨中雄鶏図」(18世紀)の雄鶏も負けてはいません。首を大きく傾げて、少し伏せながらまるで睨むように目線を光らす姿。獲物を鋭く狙った様子を表しているのでしょうか。そしてその引き締まった肉体。岩肌に美しく咲いた花と同様、鶏全体も非常に精緻な筆で描かれていますが、どっしり構えた両足から鶏冠までに一瞬の隙も見られません。まるでサイボーグのようです。



第二章で特に良く描けていると感心したのは、森狙仙の「梅花猿猴図」(19世紀)でした。梅の木にぶら下がった親子猿。こんな細い枝では、いくら岩壁へ足を引っかけていても直ぐさま落ちてしまいそうですが、この猿は恐ろしく身軽なのでしょう。毛並みがまるで綿飴のように描かれ、それこそフワフワと浮くかのように表現されています。また、親猿の手に握られているのは、捕まえたばかりの虫でした。何やら得意げに手を見つめ、小猿も驚いたように覗き込んでいる。やや即興的に描かれた梅との対比を含め、とても味わい深い作品でした。

次回はメインの若冲、第三章「エキセントリック」へ進みたいと思います。

*関連エントリ
「若冲と江戸絵画」展 東京国立博物館 (その1・正統派絵画)
「若冲と江戸絵画」展 東京国立博物館 (その3・エキセントリック)
「若冲と江戸絵画」展 東京国立博物館 (その4・江戸の画家)
「若冲と江戸絵画」展 東京国立博物館 (その5・江戸琳派)
「若冲と江戸絵画」展 東京国立博物館 (その6・特別展示)
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