都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「レーピン展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
Bunkamura ザ・ミュージアム
「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」
8/4-10/8

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「レーピン展」のプレスプレビューに参加してきました。
ドストエフスキーにトルストイ、そしてチャイコフスキーやムソルグスキー。
19世紀末から20世紀前半、まさに錚々たる芸術家たちが活躍したロシアですが、美術においても「ロシア近代絵画の祖」とまで称された画家がいたことをご存知でしょうか。
それが今回の主人公、イリヤ・レーピン(1844~1930)です。

イリヤ・レーピン「自画像」1887年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
ウクライナに生まれ、10代でサンクトペテルブルクへと上京、以降、肖像画を初めとしたロシアの写実主義の画家として活躍するとともに、いわゆる当時の進歩的グループ「移動派」に属しながら、社会の矛盾や民衆の生活を捉えた作品でも一世を風靡しました。
展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 美術アカデミーと「ヴォルガの船曳き」
第2章 パリ留学:西欧美術との出会い
第3章 故郷チュグーエフとモスクワ
第4章 「移動派」の旗手として:サンクトペテルブルク
第5章 次世代への導き手として:美術アカデミーのレーピン
冒頭ではレーピンの美術界へのデビューに至る過程が紐解かれます。出世作は25歳の時の作品、「ヴォルガの船曳き」です。

イリヤ・レーピン「浅瀬を渡る船曳き」(ヴォルガの船曳きの習作)1872年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
今回はその習作が出品されていますが、(本作はパネルでの紹介。)スケッチの段階から何回も描き直し、次第に個々の船曳たちの表情を引き出していく過程を見ると、やはり彼の人間、特に民衆たちの生活に強い関心があったのは間違いありません。
またレーピンは同じく船曳主題の「浅瀬を渡る船曳き」(こちらは油絵の完成作を展示。)でも、人々の過酷な労働の姿を見事に表しています。

イリヤ・レーピン「あぜ道にて―畝を歩くヴェーラ・レーピナと子どもたち」1879年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
この後パリへと留学し、かの歴史的な第1回印象派展も観覧、その影響もあってか明るい作品も残していますが、そこでも「パリの新聞売り」描くなど、庶民の暮らしへ眼差しを忘れることはありませんでした。
さて帰国したレーピンはサンクトペテルブルクへと向かわず、まずは故郷のウクライナ、チェグーエフに腰をおろします。
ここでも初めは民衆、特に農村での人々の暮らしがテーマです。

イリヤ・レーピン「トルコのスルタンに手紙を書くザポロージャのコサック(習作)」1880年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
いかにもロシア、無限の荒野を政治犯を載せた馬車が進む「護送中 ぬかるみの道」など、現地での自然や人々を描いた作品を残しました。
結果的にここでの滞在経験、そして制作が、後に訪れるレーピンの最も花開いた「モスクワ時代」の糧となります。
1877年、33歳の時にモスクワへ移ったレーピンは多くの文人たちと交流し、肖像画、また時に政治的事件に題材をとった作品で世に名を轟かしました。

「レーピン展」展示室風景
さてこのレーピン展、当然ながら画業の核心である肖像画や人物画が多く出ているのも大きな特徴です。
そしてそうした肖像画、漫然と接するののと、モデルが如何なる人物だったのか知るのとでは、また大きく見方が変わってくるのではないでしょうか。
一例をあげましょう。まずは一際目立つ「皇女ソフィヤ」です。

イリヤ・レーピン「皇女ソフィヤ」1879年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
何故にこれほどにまでの剣幕、一種異様なまでに怒りを露わにしているのか、怪訝に思われる方もおられるやもしれません。
実はこれ、政争に敗れて修道院に幽閉されていたソフィアの兵隊が反乱した後に鎮圧、そして処刑されたことに対しての怒りなのです。
また一見、単なる風俗画にも見える「思いがけなく」も、謎めいた要素のある面白い作品です。

左:イリヤ・レーピン「思いがけなく」1884-1888年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
左手のドアから入ってきた人物を、女性たちが時に驚きをもって見つめていますが、これも彼がキリスト教絵画における放蕩息子的な存在とする解釈から、まさしく革命家ではないかという説まであるのだそうです。
奇しくも描かれた時代はアレクサンドル3世の暗殺された数年後、モデルのみならず、絵の社会的背景を紐解くと、俄然ドラマチックになって来るかもしれません。
肖像画家レーピンとして私が非常に感心した作品が一枚あります。 それがレーピンと深い親交があった作曲家、ムソルグスキーの肖像画です。

イリヤ・レーピン「作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像」1881年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
展覧会の絵でも有名な大作曲家、さぞかし立派に描かれているのかと思いきや、髪も振り乱し、ぼんやりと定まらない目線、どこかくたびれた様子に見えてなりません。
というのもこれはムソルグスキーがアルコール依存症で入院中、しかも死の10日前に描かれた作品なのです。

イリヤ・レーピン「文豪レフ・トルストイの肖像」1887年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
もちろん堂々と構えるトルストイの肖像画なども充実していますが、鋭い人間観察に基づいて描いた、まさにモデルの本質を抉りだす肖像画、レーピンの真骨頂だと感心しました。

イリヤ・レーピン「パーヴェル・トレチャコフの肖像」1901年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
*解説は国立トレチャコフ美術館「ロシア美術部門キュレーター」、スヴェトラーナ・カプィリナ氏
ラストは肖像、しかもレーピンのパトロンであったトレチャコフの肖像画で幕を閉じます。言うまでもなく、本展の全ての作品の所蔵館の創設者です。彼が居たからこそ今にこうして我々がレーピンを楽しめるとしても過言ではありません。
民衆の生活を見つめ、また前衛的な「移動派」の活動を行いつつ、様々な文人たちと親交をもったレーピン。
その時代の大きなうねり、また潮流が、レーピンの作品を通して感じられる展覧会でした。

「レーピン展」展示室風景
関連の講演会が非常に充実しています。
申込は事前受付、しかも先着順です。詳細は右リンク先「展覧会記念講演会」をご覧ください。
なお講師の亀山先生は今回の音声ガイドにも出演中です。そちらも要チェックです。

「レーピン展」展示室風景
10月8日まで開催されています。これはおすすめします。
「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:8月4日(火)~10月8日(月・祝)
休館:会期中無休
時間:10:00~19:00。毎週金・土は21:00まで開館。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」
8/4-10/8

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「レーピン展」のプレスプレビューに参加してきました。
ドストエフスキーにトルストイ、そしてチャイコフスキーやムソルグスキー。
19世紀末から20世紀前半、まさに錚々たる芸術家たちが活躍したロシアですが、美術においても「ロシア近代絵画の祖」とまで称された画家がいたことをご存知でしょうか。
それが今回の主人公、イリヤ・レーピン(1844~1930)です。

イリヤ・レーピン「自画像」1887年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
ウクライナに生まれ、10代でサンクトペテルブルクへと上京、以降、肖像画を初めとしたロシアの写実主義の画家として活躍するとともに、いわゆる当時の進歩的グループ「移動派」に属しながら、社会の矛盾や民衆の生活を捉えた作品でも一世を風靡しました。
展覧会の構成は以下の通りです。
第1章 美術アカデミーと「ヴォルガの船曳き」
第2章 パリ留学:西欧美術との出会い
第3章 故郷チュグーエフとモスクワ
第4章 「移動派」の旗手として:サンクトペテルブルク
第5章 次世代への導き手として:美術アカデミーのレーピン
冒頭ではレーピンの美術界へのデビューに至る過程が紐解かれます。出世作は25歳の時の作品、「ヴォルガの船曳き」です。

イリヤ・レーピン「浅瀬を渡る船曳き」(ヴォルガの船曳きの習作)1872年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
今回はその習作が出品されていますが、(本作はパネルでの紹介。)スケッチの段階から何回も描き直し、次第に個々の船曳たちの表情を引き出していく過程を見ると、やはり彼の人間、特に民衆たちの生活に強い関心があったのは間違いありません。
またレーピンは同じく船曳主題の「浅瀬を渡る船曳き」(こちらは油絵の完成作を展示。)でも、人々の過酷な労働の姿を見事に表しています。

イリヤ・レーピン「あぜ道にて―畝を歩くヴェーラ・レーピナと子どもたち」1879年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
この後パリへと留学し、かの歴史的な第1回印象派展も観覧、その影響もあってか明るい作品も残していますが、そこでも「パリの新聞売り」描くなど、庶民の暮らしへ眼差しを忘れることはありませんでした。
さて帰国したレーピンはサンクトペテルブルクへと向かわず、まずは故郷のウクライナ、チェグーエフに腰をおろします。
ここでも初めは民衆、特に農村での人々の暮らしがテーマです。

イリヤ・レーピン「トルコのスルタンに手紙を書くザポロージャのコサック(習作)」1880年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
いかにもロシア、無限の荒野を政治犯を載せた馬車が進む「護送中 ぬかるみの道」など、現地での自然や人々を描いた作品を残しました。
結果的にここでの滞在経験、そして制作が、後に訪れるレーピンの最も花開いた「モスクワ時代」の糧となります。
1877年、33歳の時にモスクワへ移ったレーピンは多くの文人たちと交流し、肖像画、また時に政治的事件に題材をとった作品で世に名を轟かしました。

「レーピン展」展示室風景
さてこのレーピン展、当然ながら画業の核心である肖像画や人物画が多く出ているのも大きな特徴です。
そしてそうした肖像画、漫然と接するののと、モデルが如何なる人物だったのか知るのとでは、また大きく見方が変わってくるのではないでしょうか。
一例をあげましょう。まずは一際目立つ「皇女ソフィヤ」です。

イリヤ・レーピン「皇女ソフィヤ」1879年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
何故にこれほどにまでの剣幕、一種異様なまでに怒りを露わにしているのか、怪訝に思われる方もおられるやもしれません。
実はこれ、政争に敗れて修道院に幽閉されていたソフィアの兵隊が反乱した後に鎮圧、そして処刑されたことに対しての怒りなのです。
また一見、単なる風俗画にも見える「思いがけなく」も、謎めいた要素のある面白い作品です。

左:イリヤ・レーピン「思いがけなく」1884-1888年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
左手のドアから入ってきた人物を、女性たちが時に驚きをもって見つめていますが、これも彼がキリスト教絵画における放蕩息子的な存在とする解釈から、まさしく革命家ではないかという説まであるのだそうです。
奇しくも描かれた時代はアレクサンドル3世の暗殺された数年後、モデルのみならず、絵の社会的背景を紐解くと、俄然ドラマチックになって来るかもしれません。
肖像画家レーピンとして私が非常に感心した作品が一枚あります。 それがレーピンと深い親交があった作曲家、ムソルグスキーの肖像画です。

イリヤ・レーピン「作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像」1881年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
展覧会の絵でも有名な大作曲家、さぞかし立派に描かれているのかと思いきや、髪も振り乱し、ぼんやりと定まらない目線、どこかくたびれた様子に見えてなりません。
というのもこれはムソルグスキーがアルコール依存症で入院中、しかも死の10日前に描かれた作品なのです。

イリヤ・レーピン「文豪レフ・トルストイの肖像」1887年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
The State Tretyakov Gallery
もちろん堂々と構えるトルストイの肖像画なども充実していますが、鋭い人間観察に基づいて描いた、まさにモデルの本質を抉りだす肖像画、レーピンの真骨頂だと感心しました。

イリヤ・レーピン「パーヴェル・トレチャコフの肖像」1901年 油彩・キャンヴァス 国立トレチャコフ美術館
*解説は国立トレチャコフ美術館「ロシア美術部門キュレーター」、スヴェトラーナ・カプィリナ氏
ラストは肖像、しかもレーピンのパトロンであったトレチャコフの肖像画で幕を閉じます。言うまでもなく、本展の全ての作品の所蔵館の創設者です。彼が居たからこそ今にこうして我々がレーピンを楽しめるとしても過言ではありません。
民衆の生活を見つめ、また前衛的な「移動派」の活動を行いつつ、様々な文人たちと親交をもったレーピン。
その時代の大きなうねり、また潮流が、レーピンの作品を通して感じられる展覧会でした。

「レーピン展」展示室風景
関連の講演会が非常に充実しています。
「神か、リアリズムか?19世紀ロシアの芸術文化における『救い』の探求」
日時:8月26日(日)19:30~21:00
講師:亀山郁夫(ロシア文学者、東京外国語大学長)
「怖い絵で読み解くレーピン展」
日時:9月16日(日)19:30~21:00
講師:中野京子(作家、独文学者)
*両日とも19:15受付開始。19:30~20:30講演会、終了後は21時まで展示室を観覧可。
*会場:レーピン展、展示室内
*参加費:無料(要展覧会半券)
*定員:70名
日時:8月26日(日)19:30~21:00
講師:亀山郁夫(ロシア文学者、東京外国語大学長)
「怖い絵で読み解くレーピン展」
日時:9月16日(日)19:30~21:00
講師:中野京子(作家、独文学者)
*両日とも19:15受付開始。19:30~20:30講演会、終了後は21時まで展示室を観覧可。
*会場:レーピン展、展示室内
*参加費:無料(要展覧会半券)
*定員:70名
申込は事前受付、しかも先着順です。詳細は右リンク先「展覧会記念講演会」をご覧ください。
なお講師の亀山先生は今回の音声ガイドにも出演中です。そちらも要チェックです。

「レーピン展」展示室風景
10月8日まで開催されています。これはおすすめします。
「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:8月4日(火)~10月8日(月・祝)
休館:会期中無休
時間:10:00~19:00。毎週金・土は21:00まで開館。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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