「杉本博司 趣味と芸術ー味占郷/今昔三部作」 千葉市美術館

千葉市美術館
「杉本博司 趣味と芸術ー味占郷/今昔三部作」
10/28-12/23



千葉市美術館で開催中の「杉本博司 趣味と芸術ー味占郷/今昔三部作」を見て来ました。

国内外で活動する現代美術家の杉本博司。首都圏の美術館の個展は森美術館で行われた「時間の終わり」(2005年)以来のことかもしれません。

タイトルは「趣味と芸術」。二部構成です。前半の「今昔三部作」では新旧作の写真、すなわち「ジオラマ」、「劇場」、「海景」の3シリーズを展示。後半では「味占郷」と題し、杉本がコレクションする古物を「床のあしらえ」として紹介しています。

さて前半の「今昔三部作」、まさしく圧巻の一言です。光をシャットダウン。ロビーの窓からブラインドを下ろすという念の入れようです。ほぼ真っ暗の室内。さも闇夜に照る満月の如く、作品を浮かび上がらせています。

写真は全部で16点です。千葉市美術館にも杉本のコレクションがありますが、今回の出品作はいずれもNYのスタジオから持ち込まれたもの。大判のプリントです。一辺はゆうに1メートルを超えています。


杉本博司「ボーデン湖、ユトビル」 1993年 ほか

はじまりは「海景」でした。杉本を代表すると言っても良いシリーズ。四角い展示室の壁面をあえて半円、扇型に変えては、その曲面に写真を並べています。目の前には5点、世界各地の海や湖です。いずれもちょうど画面の真ん中の水平線を境にして空と海が分断、あるいは接触する姿が写し出されています。


杉本博司「スペリオル湖、カスケード川」 1995年

海の光景は一見するところ均一。みな同じように思えるかもしれません。しかししばらく眺めているとむしろ違いが明らかになってきました。「カリブ海」では際立つ水平線も、「ボーデン湖」では靄がかかっているのかぼんやりとしていて判然としません。また「日本海」では僅かに雲が浮かんでいます。そして最奥部、ただ一点だけ別に展示された「スペリオル湖」は全体が仄かに白んでは光が堆積していました。ないとは言え、さも水面に雪が積もっているかのようでもあります。


杉本博司「テアトロ・デイ・ロッツィ、シエナ」 2014年

照明も効果的です。作品の美しさを見事に引き出しています。また意図してことでしょうか。写真は美術館の床面に反射していました。目の前の作品と床の影。上下から見る者に訴えかけます。風景だけでなく、時間までもが蓄積された杉本の写真。表情こそ寡黙ですが、やはり胸に迫るものは少なくありません。


杉本博司「オリンピック雨林」 2012年

「劇場」と「ジオラマ」では日本初公開の近作も展示されていました。うち力作なのは「ジオラマ」の「オリンピック雨林」です。横5メートル弱はあろうかという超大作、木々の立ち並ぶ鬱蒼とした森の中の様子が写されています。ふと観山の「木の間の秋」を思い出しました。まるで本物の森に立ち入ったかのような光景、もちろん「ジオラマ」だけに博物館などで写されたものでしょう。左には一頭の鹿がいました。果たして本物なのかフェイクなのか。感覚は揺さぶられます。

後半は一転して「床のしつらえ」です。杉本は写真家でありながら日本美術にも造詣が深く、かねてより数多くの古美術品を収集。それを自作に取り込むなどのインスタレーションを展開してきました。

「趣味と芸術 謎の割烹 味占郷/講談社」

「味占郷」のベースとなるのは婦人画報で連載中の「謎の割烹 味占郷」です。杉本は毎回、各界の著名人をもてなすため、ゲストに見合った料理や器を提供、さらには軸や置物などの床飾りをしつらえてきましたが、それを本展において再現しました。25種類ほどでしょうか。杉本の審美眼を反映した床飾りを見せています。


白隠「禅画 擂鉢みそさざい」 江戸時代 個人蔵/「擂り鉢」 昭和時代 個人蔵

これが面白い。単純に古美術品を見せているわけではありません。時に西洋の品や昭和の「珍品」(チラシより)を織り交ぜては、意表を突く床飾りを演出しています。


「大燈国師墨蹟」 南北朝時代 個人蔵/「焼夷弾花入」 昭和20(1945) 年 個人蔵/須田悦弘「屁糞蔓 掃溜菊」 2015年 個人蔵

例えばゲストにエッセイストの阿川佐和子を迎えた「遠い記憶」です。軸は南北朝時代の墨跡、その前には昭和期の焼夷弾を用いた鉄の花入が飾られています。何でも阿川の父で作家の弘之は海軍に属したことがあり、この日のもてなしも終戦の日、ないしはその近辺になされたそうです。それゆえのしつらえということでしょうか。


「装飾法華経」 平安時代 個人蔵/「阿古陀形兜」 南北朝時代 個人蔵/須田悦弘「夏草」 2015年 個人蔵

須田悦弘の木彫が随所で花を添えているのもポイントです。花入れに見立てた南北朝時代の「阿古陀形兜」には夏草が入れられています。さも朽ちた兜から草が生えてきたような趣です。さらに益田鈍翁旧蔵の平安時代の経筒には朝顔が差し込まれていました。経筒のエメラルドグリーンと朝顔の藍色が響きあいます。美しいまでの調和を見せていました。


「蒸気の海 月面写真」 パリ天文台撮影 1902年11月13日 小田原文化財団

ヴァイオリニストの庄司紗矢香をゲストに迎えた「さやかな音色」のしつらえの軸は、何と20世紀初頭にパリの天文台の撮影した月面写真です。これは杉本が庄司の奏でるバッハのシャコンヌを「月から降りてくる音楽」だと捉え、用意したものだそうです。杉本の意外なまでの発想は床飾りに異化効果とも言うべき豊かな表情を与えています。


ジャック・ゴーティエ・ダコティ「背筋解剖図(解剖学の天使)」 1745-48年 小田原文化財団/「古瀬戸水注」 鎌倉時代 個人蔵

ほかにもエジプトの「死者の書」の断簡や、18世紀の西洋の解剖学の図版を軸に用いたりするなど、アイデアには暇がない。器も志野に乾山から新石器時代の石皿にエルメスなど多種多様です。時代も場所にもこだわりがありません。

会場では床とキャプションが分かれて展示されています。端的に床を見るだけでも十分に楽しめますが、やはりその時のゲストなり、杉本の意図(テキスト化されています。)も知りたいもの。なお今回の展示に合わせたのか「味占郷」は書籍化されてもいました。一度、そちらに目を通した後、観覧するのも良いかもしれません。


杉本博司「月下紅白梅図」 2014年

MOA美術館の琳派展でお披露目された新作の「月下紅白梅図」も露出での展示です。そして床を見ればそっと須田の梅が散っています。何とも可憐ではないでしょうか。

古の文明が残してくれた遺物を愛しみ、撫でさすり、眺めていると、失ったものの大切さと共に、今の時代が見えてくる。私は我が道を楽しみながら生きてきた。これを道楽という。 *杉本博司(チラシより)

杉本は1996年、千葉市美術館の開館を記念して行われた現代美術展、「静謐」における招待作家の一人だったそうです。その意味では確かに開館20周年を迎えた同館に「ふさわしい」(美術館サイトより)展覧会とも言えるでしょう。写真作品はもとより、練られた造作は、一つの展示空間としても体験すべき価値が十分にあります。期待以上でした。


「古銅大升(法隆寺伝来)」 天平時代 個人蔵/須田悦弘「泰山木:花」 1999年

なお11月11日から展示室内の撮影が出来るようになりました。(フラッシュ、三脚、及び動画は不可。)撮影を希望の方はカメラを忘れなきようお持ち下さい。なお掲載の写真は後日、改めて観覧し、撮影したものです。

「会場内での撮影について」(千葉市美術館)


「ブルーダイユール」 エルメス青磁器 現代 個人蔵

12月23日まで開催されています。おすすめします。

「開館20周年記念 杉本博司 趣味と芸術ー味占郷/今昔三部作」 千葉市美術館
会期:10月28日(水)~12月23日(水・祝)
休館:11月2日(月)、12月7日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1200(1000)円、大学生700(500)円、高校生以下無料。
 *( )内は前売券、及び20名以上の団体料金。
 *前売券は千葉都市モノレール千葉みなと駅、千葉駅、都賀駅、千城台駅の窓口で12月23日までまで販売。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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