都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「運慶」 東京国立博物館
東京国立博物館・平成館
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」
9/26~11/26

東京国立博物館で開催中の「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」へ行ってきました。
平安から鎌倉時代にかけて活動した仏師、運慶。数多くの仏像を造ったと考えられているものの、現在、確認されている作品は、僅か31体に過ぎません。
うち22体が東京国立博物館へとやって来ました。もちろん過去最大スケールです。史上最大の運慶展とするのにも偽りはありませんでした。

国宝「大日如来坐像」 運慶作 平安時代・安元2年(1176) 奈良・円成寺
冒頭、恭しくも鎮座するのが、運慶デビュー作ともされる「大日如来坐像」でした。まだ20代の運慶が、父の康慶の指導の元、約1年弱かけて造った作品で、瑞々しくも、弾力のある身体や、端正な肉体表現などに、運慶の才能を伺えるのではないでしょうか。手で示す印にも、とても自然で、過度な力みがありません。台座の部材裏側には、運慶の署名と、花押が記されているそうです。奈良の円成寺に安置されています。
この運慶の父、康慶ら、運慶に先行する仏師の作品も網羅しています。そもそも康慶は、奈良仏師の康助の弟子とされ、興福寺の周辺を拠点に活動していました。奈良仏師の仏像の特徴としては、「深浅のはっきりした彫り口」(解説より)にあり、当時の京都で支持されていた大仏師、定朝の造形とは異なっていました。いわゆる進取の気風があったようです。
その康慶の作として有名なのが、興福寺に伝わる「四天王立像」です。康慶は、兵火で失われた興福寺南円堂の再興に携わり、「四天王立像」のほか、「法相六祖坐像」などを造り上げました。いずれも高さ2メートルにも及ぶ、堂々とした立像で、実に量感のある作品でした。運慶が関与したのかは明らかではありませんが、大きな影響を与えたと考えられています。

国宝「毘沙門天立像」 運慶作 鎌倉時代・文治2年(1186) 静岡・願成就院
運慶が独創性を最初に発揮したとされるのが、静岡の願成就院に伝わる5体の仏像でした。鎌倉幕府の初代執権、北条時政の発願による作品で、うち1体の「毘沙門天立像」が、会場にやって来ています。左に大きく腰をひねっているからか、今にも歩き出さんとするような動きが特徴的でした。顔立ちは実在の武将のようで、右手は肩の辺りにまで上がり、まっすぐに伸びた戟を構えていました。こうした作風は、鎌倉幕府の御家人に喜ばれ、運慶らの慶派の仏師は、東国でも活躍するようになりました。

国宝「八大童子立像のうち制多伽童子」 運慶作 鎌倉時代・健久8年(1197)頃 和歌山・金剛峯寺
和歌山の金剛峯寺に伝わる「八大童子立像」も、運慶屈指の仏像として知られています。うち6体が運慶作、残りの2体が、のちに補われた作品と考えられています。それこそ童子は、魂を吹き込まれたかのように生き生きとしていて、表情はおろか、手足の動きも極めて自然で、まるで淀みがありません。また、繊細で華麗な彩色が残っているのに驚きました。いわゆる露出ではなく、ガラスケース内の展示でしたが、ここは最前列に構え、まだ残る色彩美に見惚れました。
展覧会のハイライトと言うべきなのが、運慶の「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」、及び「四天王立像」の同時展示でした。いずれも興福寺の仏像で、現在、前者の2体は北円堂に、後者は南円堂に安置されています。しかし、かつて「四天王立像」は北円堂にあったとする考えから、その空間を再現すべく、「無著菩薩立像」、「世親菩薩立像」と並べて展示されました。空間中央の左右に「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」があり、両像を守るかのように「四天王立像」が取り囲んでいます。「四天王立像」の作者は断定されていませんが、近年は運慶作とする見方が強いそうです。果たして真相はどうなのでしょうか。

国宝「無著菩薩立像」 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺
「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」を見て感じたのは、強い迫真性でした。無著、世親とも、5世紀の北インドに実在した学僧で、法相教学を体系化したことで知られています。また兄弟の関係にあることから、無著は老年、そして世親は壮年として造られています。

国宝「世親菩薩立像」 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺
「無著菩薩立像」が静としたら、「世親菩薩立像」は動と呼べるかもしれません。口を引き締め、やや険しい表情で斜め前を見据える無著の姿は、泰然としていて、いささか緊張感をたたえながらも、まさに何にも動じないような平静な精神が滲み出しているように見えます。一方の「世親菩薩立像」は、言葉が相応しくないかもしれませんが、より人懐っこく、人間味があり、今にも誰かに語りかけるかのような表情をしていました。

国宝「四天王立像のうち多聞天」 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺(南円堂安置)
一方で「四天王立像」は、野性味があり、動きは激しく、またダイナミックでした。「多聞天像」は、雄叫びを挙げるかのように天を見据え、「増長天像」は、腰に手を当てながら、まさしく威嚇するように戟を立てています。なんたる躍動感なのでしょうか。剣を斜めに構えた「持国天像」の前に立った時、その迫力に恐れ慄き、思わず後ずさりしてしまうほどでした。
実にドラマテックな展示です。やや強めの照明のため、時折、照明自体が目に入るのが気になりましたが、お寺では叶わない、まさに博物館ならではの展示だと感心しました。
さて後半は運慶風の展開です。運慶には6人の息子がいて、いずれも仏師として活動しました。そのうち、単独で仏像を造ったのが、湛慶と康弁、そして康勝でした。うち湛慶は、運慶の後継者として、複数の作品を残しています。ただし湛慶は、運慶と異なり、東国との関わりがなく、快慶とも仕事をした経験からか、より快慶の作風に近づいていったそうです。
その湛慶作として推測される、「神鹿」と「子犬」に惹かれました。文字どおり、鹿と子犬の木像です。両作とも極めて写実的で、春日明神の使いとして知られる鹿も、ほぼ自然な様態を表現しています。それこそ奈良公園にいる鹿を、そのまま写し取ったかのようでした。
愛くるしい子犬も同様です。飼い主に甘えているのか、耳を伏せ、前足を揃え、つぶらな瞳で上を見上げています。これほどありのままに子犬を象った作品は珍しいそうです。ともに京都の高山寺を再興した、明恵上人に因む作品だと言われています。

重要文化財「聖観音菩薩立像」 運慶・湛慶作 鎌倉時代・正治3年(1201)頃 愛知・瀧山寺
運慶と湛慶の共作である、愛知・瀧山寺の「聖観音菩薩立像」も目を引くのではないでしょうか。頼朝の供養のため、従兄弟の僧、寛伝が造ったとされ、同寺の縁起には、像内に頼朝の髪と歯を納めたと記されています。もちろん開けて見ることは出来ませんが、X線写真による調査により、頭部に納入品があることが判明しました。その写真がパネルで紹介されていました。なお色はのちの補彩だそうです。

重要文化財「十二神将立像のうち戌神」 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館
ラストは、京都・浄瑠璃寺に伝来する「十二神将立像」、全12体の揃い踏みでした。現在、うち7体は静嘉堂文庫美術館、そして5体が東京国立博物館に収蔵されていますが、何と42年ぶりに、12体の全てが展示されました。暦や方位と関係する12人の神像で、いずれも高さは60センチほどあり、同じ規格の角材から彫り出されています。制作当時、おそらく運慶が亡くなっていたことから、慶派周辺の仏師の作品だと考えられているそうです。いずれも身振り手振りにも動きがあり、どれ一つとして同じ表情がありません。また装飾や彩色がかなり残っているのも、印象に残りました。
最後に混雑の情報です。感想が遅くなりましたが、会期早々、土曜日の夜間開館を利用し、観覧してきました。
博物館に着いたのは19時頃でした。特に入場待ちの列もなく、館内へ入場し、一部の展示室こそ、やや混雑していたものの、どの仏像も並ぶことなく、がぶりつきで鑑賞することが出来ました。特に20時を過ぎると人が引き、ラストの30分はかなり空いていました。

既に会期は1ヶ月を経過しました。日に日に混雑が増し、現在は平日でも待機列が発生しています。おおむね朝一番に行列が出来、その後、午前中を中心に列が続きます。そして、午後から夕方にかけて段階的に解消していきます。総じて午前中に混雑が集中する傾向があるようです。
これまでに一番待ち時間が長かったのは、10月8日(日)の10時過ぎの段階で、80分待ちでした。また平日でも、10月27日(火)の11時前に、約70分待ちの列が起こりました。ただし今も、最も余裕のある時間帯は夜間(金曜・土曜は21時まで)と変わりません。現に夜間開館時に行列は起きていません。
今後、会期末に向け、混雑に拍車がかかることも予想されます。運慶展の混雑専用ツイッターアカウント(@unkei2017komi)がリアルタイムで混雑情報を発信しています。そちらも参考になりそうです。
このスケールの運慶展は当面望めそうもありません。11月26日まで開催されています。おすすめします。
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」(@unkei2017) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR)
会期:9月26日(火) ~11月26日(日)
時間:9:30~17:00。
*毎週金・土曜、および11月2日(木)は21時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生900(600)円。中学生以下無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」
9/26~11/26

東京国立博物館で開催中の「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」へ行ってきました。
平安から鎌倉時代にかけて活動した仏師、運慶。数多くの仏像を造ったと考えられているものの、現在、確認されている作品は、僅か31体に過ぎません。
うち22体が東京国立博物館へとやって来ました。もちろん過去最大スケールです。史上最大の運慶展とするのにも偽りはありませんでした。

国宝「大日如来坐像」 運慶作 平安時代・安元2年(1176) 奈良・円成寺
冒頭、恭しくも鎮座するのが、運慶デビュー作ともされる「大日如来坐像」でした。まだ20代の運慶が、父の康慶の指導の元、約1年弱かけて造った作品で、瑞々しくも、弾力のある身体や、端正な肉体表現などに、運慶の才能を伺えるのではないでしょうか。手で示す印にも、とても自然で、過度な力みがありません。台座の部材裏側には、運慶の署名と、花押が記されているそうです。奈良の円成寺に安置されています。
この運慶の父、康慶ら、運慶に先行する仏師の作品も網羅しています。そもそも康慶は、奈良仏師の康助の弟子とされ、興福寺の周辺を拠点に活動していました。奈良仏師の仏像の特徴としては、「深浅のはっきりした彫り口」(解説より)にあり、当時の京都で支持されていた大仏師、定朝の造形とは異なっていました。いわゆる進取の気風があったようです。
その康慶の作として有名なのが、興福寺に伝わる「四天王立像」です。康慶は、兵火で失われた興福寺南円堂の再興に携わり、「四天王立像」のほか、「法相六祖坐像」などを造り上げました。いずれも高さ2メートルにも及ぶ、堂々とした立像で、実に量感のある作品でした。運慶が関与したのかは明らかではありませんが、大きな影響を与えたと考えられています。

国宝「毘沙門天立像」 運慶作 鎌倉時代・文治2年(1186) 静岡・願成就院
運慶が独創性を最初に発揮したとされるのが、静岡の願成就院に伝わる5体の仏像でした。鎌倉幕府の初代執権、北条時政の発願による作品で、うち1体の「毘沙門天立像」が、会場にやって来ています。左に大きく腰をひねっているからか、今にも歩き出さんとするような動きが特徴的でした。顔立ちは実在の武将のようで、右手は肩の辺りにまで上がり、まっすぐに伸びた戟を構えていました。こうした作風は、鎌倉幕府の御家人に喜ばれ、運慶らの慶派の仏師は、東国でも活躍するようになりました。

国宝「八大童子立像のうち制多伽童子」 運慶作 鎌倉時代・健久8年(1197)頃 和歌山・金剛峯寺
和歌山の金剛峯寺に伝わる「八大童子立像」も、運慶屈指の仏像として知られています。うち6体が運慶作、残りの2体が、のちに補われた作品と考えられています。それこそ童子は、魂を吹き込まれたかのように生き生きとしていて、表情はおろか、手足の動きも極めて自然で、まるで淀みがありません。また、繊細で華麗な彩色が残っているのに驚きました。いわゆる露出ではなく、ガラスケース内の展示でしたが、ここは最前列に構え、まだ残る色彩美に見惚れました。
#運慶展 圧巻!との声が特に多いのが、興福寺の北円堂内を仮説をもとに再現した展示エリア。運慶晩年の傑作である無著・世親菩薩立像を中心に、興福寺南円堂に安置される四天王立像が四方を囲みます。この四天王立像ですが、近年、本来は北円堂に安置されていたとする説が注目を集めているのです。 pic.twitter.com/Rd1G3UMYBT
— 龍燈鬼@運慶展【公式】 (@unkei2017) 2017年9月29日
展覧会のハイライトと言うべきなのが、運慶の「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」、及び「四天王立像」の同時展示でした。いずれも興福寺の仏像で、現在、前者の2体は北円堂に、後者は南円堂に安置されています。しかし、かつて「四天王立像」は北円堂にあったとする考えから、その空間を再現すべく、「無著菩薩立像」、「世親菩薩立像」と並べて展示されました。空間中央の左右に「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」があり、両像を守るかのように「四天王立像」が取り囲んでいます。「四天王立像」の作者は断定されていませんが、近年は運慶作とする見方が強いそうです。果たして真相はどうなのでしょうか。

国宝「無著菩薩立像」 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺
「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」を見て感じたのは、強い迫真性でした。無著、世親とも、5世紀の北インドに実在した学僧で、法相教学を体系化したことで知られています。また兄弟の関係にあることから、無著は老年、そして世親は壮年として造られています。

国宝「世親菩薩立像」 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺
「無著菩薩立像」が静としたら、「世親菩薩立像」は動と呼べるかもしれません。口を引き締め、やや険しい表情で斜め前を見据える無著の姿は、泰然としていて、いささか緊張感をたたえながらも、まさに何にも動じないような平静な精神が滲み出しているように見えます。一方の「世親菩薩立像」は、言葉が相応しくないかもしれませんが、より人懐っこく、人間味があり、今にも誰かに語りかけるかのような表情をしていました。

国宝「四天王立像のうち多聞天」 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺(南円堂安置)
一方で「四天王立像」は、野性味があり、動きは激しく、またダイナミックでした。「多聞天像」は、雄叫びを挙げるかのように天を見据え、「増長天像」は、腰に手を当てながら、まさしく威嚇するように戟を立てています。なんたる躍動感なのでしょうか。剣を斜めに構えた「持国天像」の前に立った時、その迫力に恐れ慄き、思わず後ずさりしてしまうほどでした。
実にドラマテックな展示です。やや強めの照明のため、時折、照明自体が目に入るのが気になりましたが、お寺では叶わない、まさに博物館ならではの展示だと感心しました。
さて後半は運慶風の展開です。運慶には6人の息子がいて、いずれも仏師として活動しました。そのうち、単独で仏像を造ったのが、湛慶と康弁、そして康勝でした。うち湛慶は、運慶の後継者として、複数の作品を残しています。ただし湛慶は、運慶と異なり、東国との関わりがなく、快慶とも仕事をした経験からか、より快慶の作風に近づいていったそうです。
その湛慶作として推測される、「神鹿」と「子犬」に惹かれました。文字どおり、鹿と子犬の木像です。両作とも極めて写実的で、春日明神の使いとして知られる鹿も、ほぼ自然な様態を表現しています。それこそ奈良公園にいる鹿を、そのまま写し取ったかのようでした。
愛くるしい子犬も同様です。飼い主に甘えているのか、耳を伏せ、前足を揃え、つぶらな瞳で上を見上げています。これほどありのままに子犬を象った作品は珍しいそうです。ともに京都の高山寺を再興した、明恵上人に因む作品だと言われています。

重要文化財「聖観音菩薩立像」 運慶・湛慶作 鎌倉時代・正治3年(1201)頃 愛知・瀧山寺
運慶と湛慶の共作である、愛知・瀧山寺の「聖観音菩薩立像」も目を引くのではないでしょうか。頼朝の供養のため、従兄弟の僧、寛伝が造ったとされ、同寺の縁起には、像内に頼朝の髪と歯を納めたと記されています。もちろん開けて見ることは出来ませんが、X線写真による調査により、頭部に納入品があることが判明しました。その写真がパネルで紹介されていました。なお色はのちの補彩だそうです。

重要文化財「十二神将立像のうち戌神」 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館
ラストは、京都・浄瑠璃寺に伝来する「十二神将立像」、全12体の揃い踏みでした。現在、うち7体は静嘉堂文庫美術館、そして5体が東京国立博物館に収蔵されていますが、何と42年ぶりに、12体の全てが展示されました。暦や方位と関係する12人の神像で、いずれも高さは60センチほどあり、同じ規格の角材から彫り出されています。制作当時、おそらく運慶が亡くなっていたことから、慶派周辺の仏師の作品だと考えられているそうです。いずれも身振り手振りにも動きがあり、どれ一つとして同じ表情がありません。また装飾や彩色がかなり残っているのも、印象に残りました。
最後に混雑の情報です。感想が遅くなりましたが、会期早々、土曜日の夜間開館を利用し、観覧してきました。
博物館に着いたのは19時頃でした。特に入場待ちの列もなく、館内へ入場し、一部の展示室こそ、やや混雑していたものの、どの仏像も並ぶことなく、がぶりつきで鑑賞することが出来ました。特に20時を過ぎると人が引き、ラストの30分はかなり空いていました。

既に会期は1ヶ月を経過しました。日に日に混雑が増し、現在は平日でも待機列が発生しています。おおむね朝一番に行列が出来、その後、午前中を中心に列が続きます。そして、午後から夕方にかけて段階的に解消していきます。総じて午前中に混雑が集中する傾向があるようです。
【10月27日(金)】10:50現在 ご入場の待ち時間は約70分です。チケット売り場の待ち時間はありません。本日の最終入館は20:30、閉館時間は21:00です。
— 運慶展〈混雑情報〉 (@unkei2017komi) 2017年10月27日
これまでに一番待ち時間が長かったのは、10月8日(日)の10時過ぎの段階で、80分待ちでした。また平日でも、10月27日(火)の11時前に、約70分待ちの列が起こりました。ただし今も、最も余裕のある時間帯は夜間(金曜・土曜は21時まで)と変わりません。現に夜間開館時に行列は起きていません。
今後、会期末に向け、混雑に拍車がかかることも予想されます。運慶展の混雑専用ツイッターアカウント(@unkei2017komi)がリアルタイムで混雑情報を発信しています。そちらも参考になりそうです。
【運慶】いよいよ、特別展「運慶」が開幕しました。ゆかりの深い興福寺をはじめ各地から名品が集められた史上最大の運慶展に、ぜひお越しください。会期は11月26日(日)まで。 #運慶 #UNKEI https://t.co/zlYz00HDf4 pic.twitter.com/JeQiGm0HVW
— トーハク広報室 (@TNM_PR) 2017年9月26日
このスケールの運慶展は当面望めそうもありません。11月26日まで開催されています。おすすめします。
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」(@unkei2017) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR)
会期:9月26日(火) ~11月26日(日)
時間:9:30~17:00。
*毎週金・土曜、および11月2日(木)は21時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生900(600)円。中学生以下無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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