「岡本神草の時代展」 千葉市美術館

千葉市美術館
「岡本神草の時代展」
5/30~7/8



千葉市美術館で開催中の「岡本神草の時代展」を見てきました。

明治27年、神戸に生まれ、京都市立美術工芸学校を卒業後、新南画から夢二風の作品を描いていた岡本神草は、大正7年に国展に入選した「口紅」により、一躍、美人画家として注目を浴びました。


岡本神草「口紅」 大正7(1918)年 京都市立芸術大学芸術資料館

その「口紅」が冒頭に展示されていました。チラシの表紙を飾る一枚で、艶やかな着物を纏った女性が、背中を極端に曲げながら、蝋燭を前に、口紅をつける姿を描いていました。やや歯を見せながら、紅を口に塗る女性は、僅かながら高揚感も漂わせているように思えました。また、着物の文様は実に精緻で、絵具も時に盛り上げては、豊かな質感を作り上げていました。さらに、蝋燭の光も、小さな金色の粒で表されていて、細部にまで丁寧に表現していました。まさに色気を帯びた、官能性に溢れた作品と言えるかもしれません。

しかし、岡本神草は、単に濃厚で、官能的な作品ばかりを描いていたわけではありませんでした。

「口紅」に先立つ7年前、明治末期に描かれた「鎌と鋏」、「水仙」などは、例えば鎌の古色や、花の様態を、淡い色で写実的に表現していました。また、「口紅」と同年に描かれた「藤に鴨」でも、白い藤の咲く中を、3羽の鴨がいる様子を、上品に表していました。「牡丹」も、雨に濡れる白い牡丹を、滲みを用いた色で描いていて、もはや幽玄とも言えるような光景を生み出していました。



明治期の後半から大正にかけては、ちょうど夢二ブームが沸き起こっていて、神草も雑誌のイラストを写すなどして、夢二風の作品を制作しました。一方で、「海十題」では、新南画風に海景を描いたり、ゴーギャンの「アダムとイヴ」を写すなど、様々なスタイルの作品を吸収しました。時には、古典的な宗教絵画を参照することもありました。

神草は完成作の少ない画家でした。一例が、「花見小路の春宵」で、部分草稿、全体草稿、未成作など、何点かの作品を見比べることが出来ました。反り返った女性が楽器を奏でる、浮世絵的な構図の「春雨のつまびき」も、未完の作品で、やはり幾つかの草稿が並んで紹介されていました。実際、会場でも目立つのは未完成作で、相当の割合を占めていました。


岡本神草「拳を打てる三人の舞妓の習作」 大正9(1920)年 京都国立近代美術館

同様に未完成ながらも、展覧会のハイライトを飾るのが、「拳を打てる三人の舞妓」で、断片、草稿、未成作、習作が、複数枚、展示されていました。盃と徳利を囲み、3名の舞妓が座る様子を描いていて、正面の舞妓は、白く長い指ののびた両手を、肩の上で開くような仕草を見せていました。うち「習作」には、中央部に切り取られた跡が残っていましたが、これは第2回国画創作協会展に際し、神草自身が切り取ってしまったそうです。言わば「未完の神草」を体現した一枚と呼べるかもしれません。


岡本神草「婦女遊戯」 昭和7(1932)年 株式会社ロイヤルホテル

スペードのエースを手にしては、半裸で座る女性を捉えた「骨牌を持てる半裸女」や、5名の女性が、黒い卓を囲んでは、くつろぐ光景を描いた「五女遊戯」も、神草ならではの、妖艶な表現が見られる作品ではないでしょうか。ただ、昭和期に入ると、全般的に官能性は影を潜め、「婦女遊戯」など、瀟洒とも受け取れる美人画を描くようになりました。水浴びする女性を表した「沐浴美人図」では、鈴木春信の作風を思わせる面もありました。


甲斐庄楠音「毛抜」 大正4(1915)年頃 京都国立近代美術館

さて、タイトルに「時代展」とあるように、何も神草の単独の回顧展ではありません。師の菊池契月や、同時代の甲斐庄楠音など、神草に関わりのある画家の作品も、多く展示されていました。うち目立つのは稲垣仲静の「太夫」で、遊女の顔を、極めて濃厚な色彩と、陰影のある描写で表していました。実に生々しく、まさにデロリと言うべき作品かもしれません。


丸岡比呂史「夏の苑」 大正末期 京都国立近代美術館

神草の2歳年上である丸岡比呂史の「夏の苑」は、夏の草花の中で、青い衣服に身を包んだ女性を描いていて、強い色彩の効果もあるのか、夏の熱気の伝わるような作品でした。ほかには、甲斐庄楠音の「毛抜」も、少年の半裸を描いていて、どことなく官能的な雰囲気を漂わせていました。

岡本神草は38歳の若さで急逝しました。大正から昭和にかけ、やや作風を変化させていただけに、その後、もし生き長らえていれば、どのような作品を手がけていたのでしょうか。未完作こそ多いものの、資料などを含め、約100点ほど出展されていて、「初の大規模展」とするのにも不足はありませんでした。


昨秋、先行して開催された京都国立近代美術館からの巡回展です。千葉市美術館が東日本唯一の会場で、以降の巡回もありません。

もう間もなく会期末を迎えます。7月8日まで開催されています。

「岡本神草の時代展」 千葉市美術館@ccma_jp
会期:5月30日(水)~ 7月8日(日)
休館:6月4日(月)、18日(月)、7月2日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1000(800)円、大学生700(560)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口よりC-bus(バスのりば16)にて「中央区役所・千葉市美術館前」下車。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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