江戸後期ころから厳島神社への参詣者の土産物として厳島神社を中心として周辺部も含めて描いた木版画の厳島絵図を摺って販売していたようである。画像の厳島絵図は江戸期の万延2年(1861)に発行されたもので、本殿裏側に本地堂、本殿横に大カ子(鐘楼)がみられ、現在の社務所付近には芝居小屋がみられる。現在神社入口付近にある元神馬舎の位置には湯立殿があり隣接して経堂がみられ、本地堂、大カ子、経堂などは明治期の神仏分離令で取り除かれている。
江戸後期ころから厳島神社への参詣者の土産物として厳島神社を中心として周辺部も含めて描いた木版画の厳島絵図を摺って販売していたようである。画像の厳島絵図は江戸期の万延2年(1861)に発行されたもので、本殿裏側に本地堂、本殿横に大カ子(鐘楼)がみられ、現在の社務所付近には芝居小屋がみられる。現在神社入口付近にある元神馬舎の位置には湯立殿があり隣接して経堂がみられ、本地堂、大カ子、経堂などは明治期の神仏分離令で取り除かれている。
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