TPP交渉参加
野田首相はTPP交渉参加表明を1日延期し、一昨夜APEC首脳会議の直前に交渉参加を表明した。しかし党内反対派に配慮して「交渉参加に向けて関係国と協議に入る」という表現に留めた。反対派にとれば交渉参加ではないと解釈する一方で、関係国の承認を待って交渉参加するのは事実なので、野田首相はこの玉虫色発言で事実上の交渉参加宣言となった。
野田首相は安倍首相以来続いた短命政権をよく研究した結果、不用意な発言で窮地に陥ることのないよう政権運営をして来たと思う。その裏返しで反対派やメディアは情報不足と指摘し、TPPが惹き起こす問題を推測して交渉参加の反対論が展開された。交渉事に臨んで手の内を明かせないという外交の常識的な理由がある。だが、私の目には不健康な状況を感じた。
巧妙な「言わぬが花」作戦
野田首相は就任以来「反対派を刺激しない、マスコミに言葉尻を捉えられない」に徹している。ぶら下がり取材を止め不用意な発言の機会を減らした。小泉首相以降の5首相は政治的・非政治的発言をする度に揚げ足を取られ支持率を下げ苦境に追い込まれていった。対して野田首相の慎重な物言いは説明責任を果たしてないと指摘されても、結果的に支持率を下げる致命的なミスになっていない。一方で何も言わなくとも政策や信念は偏見抜きで紹介されている。
総合すると、今までの野田首相の「言わぬが花」作戦は巧妙に機能している、トータルでプラスになっている。だが、これが一国のリーダーとして果たしてあるべき姿だろうか、これで良いのだろうか。国民の間で議論を深め最善の意思決定に導くことが出来るだろうか。首相はそんな事は端から期待してないようだ。不用意な発言で揚げ足を取られ支持率を下げ、政策以外の問題で退陣を迫られる事態を避ける方が大事なようだ。
議論が深まらない
首相に限らず我国では「言わぬが花」作戦の成功率はかなり高い。最近では小沢一郎氏が記者クラブに代表されるマスコミを相手にせず、ニコニコ動画のようなネットメディアのインタビューを受けている。発言の一部をつまみ食いされ、趣旨が伝わらないことに不満を持っているからと伝えられている。直近の鉢呂大臣の辞任といい近年の報道を振り返ると、つまみ食いされるのを避けるのはマスコミ対策として極めて重要であるようだ。
何かおかしい。だが、そうなったのは我国のマスコミ報道に大きな責任がある。中立を保ち不偏不党の報道姿勢を守るというのを言い訳にして、物事の本質を捉えあるべき姿を報じるより声の大きな主張を報じる傾向もある。珍しく主張が感じられる時は海外メディアの記事を参照して代弁させる。私はTPP賛成論者だが、ただ賛否を言い合うだけでそこから議論が深まらないことにメディアが手を貸していると感じる。今回のTPP論議には苛立ちを覚える。
不健康なルールメーカー?
それを可とする読者(民意)の未熟さにも問題がある。特に米国に良いようにやられてしまうという被害者意識が、農業団体や議員達から一般市民まで広がっているのが気になる。よく引き合いに出されるカラー柔道着の決定経緯を私は思い出す。交渉に参加しなくとも日本抜きでルールは決まり、世界に広がっていくことになる。日本だけじっと国内にこもっているのが国益になるとはとても思えない。マスコミはTPPの貿易自由化を詳細に伝え始めたように感じるが、遅すぎた。
被害者意識を捨て日本はルールを作る側になるべきだ。新興国が急速に台頭している今、GDP3位の影響力を行使して世界貿易のルール作りに積極貢献できる時間はそう残されていない。野田首相に強い決意があるとしても、「言わぬが花」では国民に共有され議論を深めることにならず、二項対立になっているのは誠に不健康な状況だ。■