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バラク独裁政権を追放し民主主義的プロセスで選ばれたエジプトのモルシ大統領が、国軍に大統領権限を奪われ身柄拘束されたと報じられた。独裁体制から民主体制に先頭を切って移行した「中東の春」の象徴だったはずのエジプト政府がクーデターで打倒されるという衝撃的な事態だ。
モルシ氏がイスラム原理主義「ムスリム同胞団」の支持を受け、僅差で大統領選に選ばれた時から懸念を感じていた。イスラム原理主義の非妥協的な政治姿勢では民主主義的プロセスによる少数派への配慮がされず、国を真っ二つに割る恐れがあると思ったからだ。
その後流れてくるニュースを見ると、対立候補に投票した残り50%の人達のフラストレーションが徐々に高まっていると感じた。イスラム原理主義が支配するイランでは、国民が選んだ大統領といえどもイスラム最高指導者の意向に沿った政権運営が求められている。多分エジプトもそうだったと思う。
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ルシ大統領も「ムスリム同胞団」の言うままになっていた、つまり期待された民主主義政治よりも強権的な政治が行われていたと思われる。イスラム原理主義と民主主義が本質的に相容れるかどうか、結果的に大統領の上に宗教がいる二重権力構造が悲劇を生んだように感じる。何故もっと柔軟な政権運営ができなかったのか。同じく中東の春を経験したリビアやチュニジアは政治と宗教を切り離し、エジプトの失敗とは別の道を歩んでいる。
エジプトにはもう一つの二重権力構造がある。それは国軍が政治と独立した特別の存在であることだ。軍事予算の殆どは米国の支援によるもの(7-8割、まるで日本の株式市場)で、エジプト政府に対する忠誠心が薄い。数度の中東紛争を潜り抜け国を守ったと国民の支持が高い。それがムバラク政権崩壊の一因となり、今回も国民を守るというのがモルシ政権を見限った理由だ。
今回のエジプトの政治的混乱は、このイスラム原理主義政権とエジプト軍の特殊な性格がもたらした二つの二重権力構造によるものと私は考える。だとすれば、アラブの春は連鎖的に発生したが、エジプトの悲劇は他の国に連鎖しないだろうと私は予測する。■