例によってテレビ等のマスコミが報じそうにない視点から書いてみたい。今、成田で松山行きフライトを待っている。
テレビやネットが報じた西日本各地の被災地の状況は悲惨だった。普通の人の生活基盤を根こそぎ破壊した。今回の豪雨被害の特徴は被害者の8割は高齢者だという。中でも避難勧告とか命令が出ても自分にまでは被害が及ばないだろうという高齢者が多かったと報じるニュースを何度も見た。
その理由の一つは日本の高齢者が昔と比べ圧倒的に多く、高齢者だけの所帯が増えたことだ。単純に体が動かず避難出来なかった。しかし、どうも高齢者比率以上に高齢者の死亡者が多かったようだ。認知症という程ではないが危機に対する感度が低下していた高齢者も多かったようだ。
冷たく言えば最近の高齢者は所謂「公助」慣れして、自ら命を守る気持ちが薄くなったのではないかと思う。私が子供の頃の年寄は「他人の世話にならない」と言って、自助・独立の精神が強かった様に記憶している。今は当時より寿命が延び相対的に足腰の弱い人が多くなった、同列には語るべきではないが。
次に被災地の多くが比較的新しい家が多かった印象がある。被災した住宅の多くは50年前は農地とか山林だったところで、比較的新らしく宅地として開発され建てられたのではないかと想像する。更に想像すると、それ以前には家を建てない理由があったのを忘れられたのではないだろうか。
例えば私の子供の頃、つまり60年前の大洲盆地は城下町とか商業地は若干高い土地にあるなど何らかの形で洪水から守られていた。一方、農家の集落は山の裾野のあちこちの谷間に点在していた。それ以外の平地は見渡す限り農地で、毎年台風シーズンになると川が氾濫し冠水していたがそれだけの事、ニュースにもならなかった。
今回川が氾濫し洪水の被害を受けた家屋は映像を見る限りかつての農地だったところに建てられたように見える。多分、近くを流れる川の堤防が強化され毎年起こった洪水が50年から100年に一度になり同時に離農者が増えて、かつての農地に商業地や住宅地が造られたのだと思う。
今回の豪雨はかつてない規模と言われるが、その50年から100年に一度のことが起こったのだと思う。近所の80-90代のオバチャン達が言うには昭和18年の大雨の時より被害を受けた家はまだ少ないそうだ。幾ら治水を強化してもそれ以上のいつか大雨が降る、その時の備えが無かった、昔の教えが生かされなかったということだ。
私事だが東京に自宅を建てる時、下町で不動産業を営んでいた父の友人は私が会社に通勤出来る範囲で、過去の水害を徹底的に調査して現在の自宅の土地を選んでくれた。今頃になってその意味がよく分かった。ここでも当時は田んぼか梨園だった低地(府中市ではハケ下という)は住宅地になっている。
我が国では800万を超える空き家がある一方、人々は新築の家を好む傾向が強いらしい。だが、家の選択より土地の選択を優先し、中古住宅に最新の耐震技術とかエコ設計を組み込んで有効活用することを真剣に考えるべきだと思う。
実は50年前頃だったと思うが、父は田舎の治水等の責任者だったと母に聞いたことがある。その時、担当した堤防等の強化で50年か100年に一度の大雨に耐えられるとか耐えられないとか聞いた記憶がある(勿論、一級河川なので国が担当なのだが)。今、彼は何を思っているだろうか。■
テレビやネットが報じた西日本各地の被災地の状況は悲惨だった。普通の人の生活基盤を根こそぎ破壊した。今回の豪雨被害の特徴は被害者の8割は高齢者だという。中でも避難勧告とか命令が出ても自分にまでは被害が及ばないだろうという高齢者が多かったと報じるニュースを何度も見た。
その理由の一つは日本の高齢者が昔と比べ圧倒的に多く、高齢者だけの所帯が増えたことだ。単純に体が動かず避難出来なかった。しかし、どうも高齢者比率以上に高齢者の死亡者が多かったようだ。認知症という程ではないが危機に対する感度が低下していた高齢者も多かったようだ。
冷たく言えば最近の高齢者は所謂「公助」慣れして、自ら命を守る気持ちが薄くなったのではないかと思う。私が子供の頃の年寄は「他人の世話にならない」と言って、自助・独立の精神が強かった様に記憶している。今は当時より寿命が延び相対的に足腰の弱い人が多くなった、同列には語るべきではないが。
次に被災地の多くが比較的新しい家が多かった印象がある。被災した住宅の多くは50年前は農地とか山林だったところで、比較的新らしく宅地として開発され建てられたのではないかと想像する。更に想像すると、それ以前には家を建てない理由があったのを忘れられたのではないだろうか。
例えば私の子供の頃、つまり60年前の大洲盆地は城下町とか商業地は若干高い土地にあるなど何らかの形で洪水から守られていた。一方、農家の集落は山の裾野のあちこちの谷間に点在していた。それ以外の平地は見渡す限り農地で、毎年台風シーズンになると川が氾濫し冠水していたがそれだけの事、ニュースにもならなかった。
今回川が氾濫し洪水の被害を受けた家屋は映像を見る限りかつての農地だったところに建てられたように見える。多分、近くを流れる川の堤防が強化され毎年起こった洪水が50年から100年に一度になり同時に離農者が増えて、かつての農地に商業地や住宅地が造られたのだと思う。
今回の豪雨はかつてない規模と言われるが、その50年から100年に一度のことが起こったのだと思う。近所の80-90代のオバチャン達が言うには昭和18年の大雨の時より被害を受けた家はまだ少ないそうだ。幾ら治水を強化してもそれ以上のいつか大雨が降る、その時の備えが無かった、昔の教えが生かされなかったということだ。
私事だが東京に自宅を建てる時、下町で不動産業を営んでいた父の友人は私が会社に通勤出来る範囲で、過去の水害を徹底的に調査して現在の自宅の土地を選んでくれた。今頃になってその意味がよく分かった。ここでも当時は田んぼか梨園だった低地(府中市ではハケ下という)は住宅地になっている。
我が国では800万を超える空き家がある一方、人々は新築の家を好む傾向が強いらしい。だが、家の選択より土地の選択を優先し、中古住宅に最新の耐震技術とかエコ設計を組み込んで有効活用することを真剣に考えるべきだと思う。
実は50年前頃だったと思うが、父は田舎の治水等の責任者だったと母に聞いたことがある。その時、担当した堤防等の強化で50年か100年に一度の大雨に耐えられるとか耐えられないとか聞いた記憶がある(勿論、一級河川なので国が担当なのだが)。今、彼は何を思っているだろうか。■