かぶれの世界(新)

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

田舎のジーサンから都会のジーサンへ

2024-11-23 18:56:16 | 日記・エッセイ・コラム
自宅に戻った時からワークマンの作業着姿の私を見て、飛行機に乗り通勤電車に乗る恰好ではないと家内に指摘された。そう言われると覚悟はしていたが、寒い天候の中で重い荷物を背負って移動するのに最も便利な衣服を選んだ積りだった。どうも田舎者と言われた気がした。

私のプライオリティは安くて着心地が良い事、食事をするなら安くて生きていく栄養があることだ。安くて目的に合ったものが良い。何という面白くないつまらない奴だ、そう言われると私は反論せずその通りだと答えるだろう。一方で、自宅に戻って私の記憶が消えたのに気付き困っている。

不適切な衣服を指摘されたが、実はその為に昨年買ったズボンや上着がクローゼットにあるのを一切忘れていた。よくよく調べてみると帰京後の東京の寒い気候に合った暖かい衣服が何着かあるのに気付かなかった。冬用の衣服に着替えて市内のあちこちを歩いた。私は中学まで四国の田舎に住み、60年近くは東京郊外に住んだが、第一の故郷は田舎であり第二の故郷が東京郊外だ。

一昨日から記憶を取り戻すべく、第二の故郷巡りをした。木曜日に先ず西府にあるお気に入りの安価なスーパーOKで買い物をし、夕方大國魂神社に参拝後にケヤキ並木から桜通りを歩いて自宅に戻った。通りすがら驚いたのは果物や野菜などの食料品の価格高騰だった。

安価なスーパーなのに棚の富有柿は3個450円でとてもじゃないが手が出なかった。田舎の実家の庭や近所で頂いた柿を何時もタダで食べた私は、お金を払ってまで柿を食べる気にはならなかった。こちらでは通りすがりの家の庭の柿が鈴なりになっており、ついつい手が出そうになった。

昨日は家内に頼まれて郵便局に荷物を出しに行った後、鎌倉街道を歩き関戸橋から川崎に向かい多摩川の堤防の散歩道を歩いた。田舎の肱川に比べジョギングやサイクリングする多くの人達に出会った。近春とは場所を変えた河川敷に工事箇所が移り、キャンパーが減っていた。多摩川から見えた富士山が対岸の多摩市のビルで見づらくなり、出会った工事監督官やお婆さんと残念がった。

第一の故郷と異なるのは第二の故郷はどこもビルや住宅の工事をやってたことだ。昨日の夕方も大國魂神社から参道とケヤキ並木を経由し、甲州街道と桜通りの間にある路地道を通って自宅に戻った。近春に工事中だった高層ビルが狭い路地道の両側に完成、だが遠くから眺め歩くだけで狭苦しく気分が悪かった。松山城のお堀を広い道が囲む風景を思い出して何だか寂しい思いをした。■

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 東京郊外の生活2024-2... | トップ | 田舎のジーサンから都会のジ... »

コメントを投稿

日記・エッセイ・コラム」カテゴリの最新記事