かぶれの世界(新)

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松本零士と故郷

2023-02-21 18:34:25 | 日記・エッセイ・コラム
昨日の午前中に外出から戻ると民放のニュース番組が漫画家の松本零士が死去したと報じていた。全国ニュースで郷里の小学校の生徒がインタビューに答えるのを見て驚いた。アニメ「銀河鉄道999」が人気になった頃に松本氏が戦時中に母親の郷里の大洲市新谷地区に疎開したと聞いたことがあった。松本氏は戦争の疎開時に私が通った同じ新谷小学校で学んだと報じられた。

新谷地区の隣にあるJR五郎駅の手前に肱川の支流矢落川にかかる鉄橋を見て、松本氏は空に登って行く銀河鉄道のイメージを得たという。今では鉄道橋のすぐ横に2-3m高い自動車道の橋が架かっている。松本氏が鉄橋を見上げたという道路はその後補強され自動車道に近い高さにかさ上げされ、皮肉にも鉄道橋は何処からも見下ろされる位置にあり銀河鉄道のイメージは全く無くなった。

更に数年前の西日本豪雨で肱川からの逆流によって鉄橋は水面下に沈んだ。現在周りの堤防を補強して高くする工事が続いているが、鉄橋はそのまま残されている。万が一西日本豪雨クラスの雨が降ると、鉄橋は水没するが両側に作られた水門を閉じて周りの集落を水害から守る。そんなヘンテコな対策で銀河鉄道のモデルになった鉄橋を守れるのか、鉄橋より人命の方が大事ということだろう。

私が子供の頃は母と松山に買い物に行く時、そのJR五郎から汽車に乗った。その時私は松本氏が見たのと同じ風景を見たことになる。凡人の私は同じ風景を見たと言ってもただそれだけのことだった。だが、全国で最小の1万石の大名新谷藩の子孫達は、10年前頃から松本氏を町おこしのシンボルに利用した。小学校や商店街のあちこちに松本氏の協力を得て銀河鉄道のシンボルを飾った。

松本氏は小学校の門にメーテルの銅像が飾られ玄関の壁に銀河鉄道の絵を寄付した。驚いたことに我が家の先祖がお坊さんを招き再興したといわれる瑞安寺の先代の住職と松本氏は疎開時からの知り合いだったとローカル紙が報じていた。そんなことは聞いたことはないが、無理やりこじつけると、住職は私と松本氏の共通の友人だということになる。

新谷地区は人口が減り続ける四国の山の中の寒村だ。かくいう私も新谷地区の実家から東京に出て働き、退職後も家族全て東京都心や郊外に住む。7年前に母の死後は実家は空き家になり、毎年帰郷し手入れする。だが相続した山林田畑は放置したままだ。新谷地区に残った人達は「生き残りのために何でもする」、それを見て松本氏は懐かし思い協力してくれたのだろう。私は何もしていない。■

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