「シルク・ドゥ・ソレイユ」の超巨大なテントの中のように、ひと息が充満した活気ある場所だった
その一角の長テーブルに僕は座ってランチ
その卓はすっかり満員であったが気を遣うこともなく食事をした
中には懐かしい顔もあったが、語ることもなく黙々と食べ終えた。
それから僕は外に出て、長い長い緩やかな道路の真ん中を歩き始めた
と思ったのは束の間で、僕はしごく開放感があるウィンドウの軽自動車を運転していたのだった
少しも急がず、のんびりと運転していたが、前を走っている乗り物に近づいてきた、それは漕ぎ手がいない自転車であった
ただひたすら長い緩やかな坂をのんびりと自転車だけが登っていく
僕も嬉しくなって、漕ぎ手のいない自転車の後を、ゆっくりとついていった。
やがて自転車は商店街というにはあまりにも小さい商店街の中に入って止まった
僕も、そのあとから商店街に入って車から降りた
商店街は僕も良く知っているところで、肉屋のおかみさんが揚げたてのコロッケを紙袋に入れて販売していた
お客はみんな顔見知りの近所の人ばかりでにぎわっていた。
店は一間半しかない狭い店だが、お客はきっちりと並んで顔見知りの客同士で楽しく話して待っているのだった
僕はすぐに、ここが主婦たちの憩いの場なんだと感じて嬉しくなった
僕の番が来て、コロッケを一個買った、熱くて掌が焼けそうだった
紙袋のまま、袋の口を少し下げて「ふ~ふ~」と息を吹きかけて冷ましながら食べた
ジャガイモの甘さが口の中に広がる、少しだけバターの香りがしてじゃがバターを食べている気がした
これだけのおやつだったが胃袋も脳もすっかり満足して、また商店街をぶらりと歩いてみた
どの店も飲食店ばかりで、それぞれに客が並んでいる、(ここなら僕の得意な○○もきっと売れるだろうな)と思うと、急に商売を始めたい衝動にかられた
(そうだ思い出した、僕の店はここから百メートルほど上にあったのだ)。
肉屋の商店街から、すぐに自分の店に着いた
この店は息子の同級生の櫻井に任せてある飲食店で、かなり長いことここを見に来ることはなかった
かれこれ三年は見に来ていないのだから呑気すぎるだろう
この店が今どんな商売をしているか、またく見当がつかない
店を切り盛りしている櫻井は少しばかり小才が効く男で、呑気な料理人田中を部下にして二人でやっているはずだ、その田中も同級生である
店の戸は閉められていて営業をしている風がない
店の隣には広い空き地があったが、そこは以前は三百坪の草が生えた空き地だったのだ、それが今は整備されて何やらの施設になっていた
掘っ立て小屋よりはましな、平屋物置のような小屋が立っていて、それは十間ほどの奥行きがあった
その左手は、高さ二メートル、長さ三十間ほどのコンクリート製の塀が立っている
入り口には金網の小さな箱があって、その中には何か光っている
よく見ると、それは大きな金色のガマガエルだった
あまりの見事さに見惚れて、これはスマホで写真を撮らなければと思った
(そうか梅雨時だからなあ)などと独り言を言いながら、写真を撮りやすい後ろ側に回った
小さな子供が近寄ってきて「なにするの?」と聞いた
「このカエルを写すんだよ」と言ったら、子供は首を傾げて「カエルなんていないのに」と言う
それで中をもう一度見たら、そこには殻を開いたホタテ貝があった
それはガマガエルに負けないような大きなホタテ貝であった
(そりゃそうだよな、こんなところにガマガエルがいるわけがない)と納得して黄金色のホタテ貝の写真を撮ろうとした
ところが、いつの間にかスマホが無くなっている
仕方がないので小屋の上に登ろうと思って、靴を脱いだ。
屋根に上ってみて、びっくりした
空き地だった草原は大きな池になっていた、それが人工池であることはすぐに分かった
そして、それを作ったのも櫻井であることも感じでわかった
感心する半面、自分には無かった発想を目の前に見て、少し嫉妬も感じた
今までの僕なら櫻井を呼びつけて「誰の許可をもらって、こんなことをしたんだ」と悔し紛れに怒鳴り飛ばすことだったろう
だけど今の僕は、三年の間にすっかり人間ができてしまって、怒りの感情に蓋をして重石を乗せたような人間になった
それでしばし、その池を見ていた
池は100坪くらいもある広い池で、縦長のひょうたんみたいな形だ
ひょうたんのくびれの辺りを境にして、奥の方が緑色の美しい池で、手前側はこれにはびっくりしたが凍った石がびっしり敷き詰められて、ドライアイスのように湯気をあげているのだった
とてもじゃないが僕のセンスでは思いつかない、これだって櫻井のアイデアなんだろう
近所の子供が緑の池で遊んでいる、僕も嬉しくなって池に飛び込んだ
そして思い切り泳いでみた、泳ぐなんて何十年ぶりだろうか
そして思った(これは我が家のプールなんだ)
プールがある家なんて、なんて誇らしいことだろう
そこに櫻井と田中が店の中から出てきて、僕に挨拶した
「おお、櫻井君か、この石は冷蔵庫で冷やしたんだろう」と知った気に僕が言うと、櫻井は「はい、冷凍庫で凍らせてみたんですよ」
少しムカついたがにこやかに「そうなんだな、良いアイデアだ」と誉めておいた。
また小屋の屋根に上がるとスマホがあった、ホタテの写真を撮ろうと思ったら、もう日没で小屋の中は陰になっていた、もう写真は撮れない
下に降りようと思ったら、靴をどこで脱いだのか忘れてしまった
屋根の上をいたり来たりして探していたら、息子がやってきてこうこうこうだと言ったら、「ここにあるよ」と見つけてくれた
こうして僕の一日は終わった。