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空想歴史小説 貧乏太閤記8 松下嘉兵衛

2022年09月18日 18時29分01秒 | 貧乏太閤記
松下様の御屋敷に無事入ることができた藤吉郎はしばし待たされた後、松下様に目通りが叶った。
殿様のずっと離れた下座に平伏して言葉を待った
「面を上げよ」声がかかって、少し頭を上げて上目遣いで見た、藤吉郎より少し年上だろうか、まだ若い
(後に同い年であることを知る)
「明智殿の書状を持参してとのこと、見せてみよ」
家来が藤吉郎から書状を受け取り、殿様に差し上げた
之綱は書状に目を通した、その表情を藤吉郎は盗み見ている、人間観察もするようになった藤吉郎である
一瞬、之綱の表情に驚きが見えた、藤吉郎はそれを見逃さなかった
(なにか面倒なことが書いてあるのかもしれぬ)それはそうだ、明智と松下は現在は敵同士であるのだから
それに気づいて、藤吉郎の背中に初めて冷汗が垂れるのを感じた
(これは案外面倒な役目であったのかもしれぬぞ)
そのとき、之綱から声がかかった
「大儀であった、次第は相分かった、今夜は馳走するゆえ屋敷で泊って、明日旅立つがよい、褒美も明日渡す故ゆっくりするがよいぞ」

湯につかりさっぱりすると夕餉は料理に酒に見たこともない美味美酒が並んだ、
そして気が利いた見目麗しい女中が酌をしながら話し相手になってくれた。
16というから藤吉郎と同い年である、名前は初女(はつめ)と言って、松下様の本貫である浜松からここに仕えたのだという。
酒をほとんど飲めぬ藤吉郎だが今夜の酒は甘露だった、今までにないほど飲んだ(と言っても2合程度であるが)
ほろ酔いである、「床のご用意ができております」初女の声が聞こえた

(よく寝た、いったいどれだけ寝たものか)
廊下に続く障子戸を開けると陽が差し込んで眩しい
「おはようございまする」侍が二人廊下に片膝を上げて座していた
「おはようございます、昨夜はすっかり馳走になりました」と言ったとたん
藤吉郎は突然後ろ手に縛りあげられた
「何をなさる」「騒がれるな、しばし牢に入ってもらう」
「お待ちくだされ、厠を先にお願いしたい」

牢に入れられてもう5日過ぎた
特に粗悪にされているわけでもない、二度の飯と湯茶はいただけるし今までの暮らしに比べたら牢の方がよほど良い
いったい何の罪で牢屋に入れられているのかがわからない
しかしこうなった以上、どうにもならないから読経でもするしかない
「門前の小僧、習わぬ経を読む」というが、藤吉郎は真宗の寺にいたから「正信偈」くらいはそらんじることはできる
だがここは今川領「郷に従え」という言葉もある、しかし今川家の菩提寺が臨済宗であることは調べたが、どんな経を読むかまではわからない、
法華経の一節くらいはうなれるが、つけ刃は化けの皮がはがれやすい、
駿河と尾張の中間、三河では武士でも一向宗(浄土真宗)信徒が多いという
ここは素直に阿弥陀様にお助けしてもらおうと「南無阿弥陀仏.....」

一方、松下嘉兵衛は困っていた
光秀の書状の最後に「使いの者、口封じのため可哀そうであるが殺してしまうように」と書いてあったからだ。
「主も持たず、縁者もない者ゆえ行倒れても心配はない者なり」とも書いてある、明智十兵衛という男の非情さが伝わってくる。
だが牢番に「あの男はどうしている?さぞ嘆いておるだろうの」と聞くと
「いいえ、いたって明るく二度の飯をうまいうまいと喜んで食べております、それ以外は寝ているか、経を唱えておるばかりです」
「ふ~む、変わった男じゃ、肝っ玉がよほど坐っておるのだろう、惜しい」
また5日が過ぎたが、藤吉郎の一日は変わっていないという
ついに嘉兵衛は心を決めた
「あの男をここに連れてまいれ」
藤吉郎が縛られた姿で嘉兵衛の前に現れて座った
「なぜ牢に入れられたかわかるか」
「はい、わしが帰れば都合の悪いことが起こるからでありましょう」
「書状の中身についてきかされておるのか」
「とんでもありません、明智様は何も申さず使いに出した故」
「そうか、明智殿はお前を殺して二度と美濃に来させぬようにと書状にしたためてある」
「なんと!」
「驚いたか、わしも驚いた」
「はあ」
「内容は申さぬが、これでわしは今度の明智殿からの誘いを断ることに決めたのじゃ、明智殿の真の姿が見えたからのう」
「はあ」
「わしはその方を殺さぬ、だが明智殿はしばらくわしを疑い、そなたが本当に死んだか確かめるであろう、せめて半年はここで下男ということで過ごすがよい」
危ない仕事とは思うこともあったが、まさか小六の子分を殺すようになどと、明智が言うなどとは夢にも思わなかった
地獄に仏とはまさにこのことだ、松下嘉兵衛が仏様に見えた藤吉郎だった、この御恩は一生忘れまいと心に誓った。

蜂須賀村の小六はいつまでたっても藤吉郎が戻らないので不審に思い、明智十兵衛の家臣に問い合わせてみた
すると「藤吉郎は使いの帰りに夜盗に襲われて殺された、遺骸はその近くの山の中に葬った」と返事が来た。
小六は嘆いた、弟のようにかわいがった男なのだから無理もない
「惜しい男をなくしてしまった、明智様ももっと早く伝えてくだされば遺骸を引き取り寺に葬って供養できたものを」
しばらくして明智から小六に金子(きんす)と書状が届いた
「小六殿からお預かりした大事な御舎弟を不慮の事故で亡くしてしまい、まことに申し訳ないことをした、
些少だがこの金子で藤吉郎殿の戒名と、墓をいずこかの寺に立てて弔ってもらいたい」
「これだけか? 明智様も冷たいお方じゃ、使い捨てされた藤吉郎が哀れでならぬ」と大泣きした。





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