「まだありますぞ、古今より女色に溺れ国家を失い、後世に悪名を残した者多し
源義経のような豪傑でも静と云う芸妓を愛し、平時忠の息女の色に迷って身を滅ぼし、新田義貞ごとき英雄も勾当内侍(義貞の妻)の愛に迷い、足利尊氏卿を滅ぼすべき大事な時節を逃し、越前の雪と消え去ってしまった。
このような話は某などが言わずとも君が充分知るところ也
いますぐに御心を翻せば、某一人ではなく一国の大慶であります、さもなくば一座の皆々、一人もこの場を去ることなく信形の腹切り、腸を掴みだすさまをとくとご覧あれ」と大音声で言えば、一座の禅僧も諸士もみなうつむき声も上げない
晴信は涙で袖を濡らし、「信形の諫言、心魂に響いた、しかしながらこれは信形の言葉にあらず、正しくは武田家代々の先君が、汝に命じて言わせたのであろう
今日より心改め、ひたすらに武を講じ、民を撫育し、倹約をを守ろう
かえすがえすも信形の誠忠おおいに感じたり、詩をもてあそぶ楽しみは今を限りにやめよう、いずれも早々にここを立ち去る様に」と禅僧らを退かせた
信形はその言葉を聞くと、その座を飛び下がり「なんという名君であろうか、某の諫言に、水の低きに流れるようによどみなくお聞き入れ下さり、お怒りもなく老臣の言をお聞き入れ下されたうえにお咎めもなく、これ生々世々の御恩であります」と言いやがてその座から退いた。
翌日、朧をはじめ京都から呼び寄せた美女ことごとく暇を取らせた、また詩会も固く禁じて、日々に武術に励むようになり、孫子、呉子の兵法を討論して富国強兵の計略を重臣らと話し合った。
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