好きなテレビ番組の一つに、日本の何かに強烈な思い入れを持つ外国人を招待する番組がある
今は往来ができないので過去の放送を繰り返し、現在その人がどうしているかという番組構成になっている
その中で俳句が大好きで、松尾芭蕉が大好きで、日本語を勉強して日本語で俳句を書く娘さんが登場した
そして奥の細道をテレビ局の招待で東北の芭蕉の足跡を体験したのだった
そんな中で芭蕉が特に栃木県の黒羽が気に入って2週間とか滞在したのだという
そして観光名所にもなっている雲厳寺(うんがんじ)が出た、そこの観光PRを吉永小百合さんがやっていたと知った
確かに小百合さんがどこかの寺院の観光PRに出ていたのは見たが、それが雲厳寺だったのは知らなかった
雲岩寺と言えば、昔は荒れ寺のようであったが鎌倉時代執権北条時宗が大檀那となって大改修し
鎌倉の臨済宗建長寺などで修業していた後嵯峨天皇の皇子、高峰顕日=こうほうけんにち(仏国国師)を招いて開山した
黒羽の八溝(やみぞ)山地にある雲厳寺では地元の豪農の息を湯薬侍者(とうやくじしゃ)として学ばせた、この門弟は太平妙準=たいへいみょうじゅん(仏応禅師)という
高峰顕日が建長寺に宋の帰化僧無学祖元に学び雲厳寺を空けた時、顕日に教えを乞うてきた夢窓疎石(むそうそせき)と太平妙準は兄弟弟子となる
太平妙準が顕日の元に来たのには岩舟地蔵尊と子宝の伝説がある
高峰顕日が亡くなると妙準が二世の住持となった、疎石と共に顕日の高弟として活躍した
夢窓疎石は一代を成した名僧である、「夢中問答集」を書いた
問答集の初めに貧しい農民夫婦が最後の一粒の米まで訪ねてきた旅人に施す逸話が書かれている
夢中問答集は足利尊氏の弟、足利直義と疎石の禅問答だという
直義はこの問答の甲斐もなくのちに兄尊氏と争って死ぬ
さて逸話の事だが、最近たまに考える
結果的には施した相手の旅人たちは神様だったということで夫婦は蔵一杯の金銀財宝を善行の褒美としていただくのだ
人に施しをすれば必ず良いこととなって返ってくるという教えだと思う
最近聞いた京セラ創業者、稲盛和夫会長の講演会CDを聞いたが、同じようなことを言っていた
稲盛さんもかなり宗教心をお持ちの方のようで、こうした心の在り方を全編で語っておられた
善行は魂の浄化であり、功徳を積むことで魂は磨かれる
人間の想いはすべて実現する、だが悪い思いもまた現象として現れる
思いのままに生きる、すなわち煩悩に任せて生きると必ず報いは訪れる
僧侶の厳しい修行人生は、それらを頭の中からすべて拭い去る修行なのである
だが、ここにいる中小零細の商工業者の皆さんには僧侶のような荒行を行う時間はない
だが誰よりも一生懸命働くこと、すなわち精進することが僧侶の荒行に匹敵する功徳となる
自分一人で生きるのも大変な世の中で一人でも二人でも、家族を養っている人を社員として採用していることは素晴らしい功徳であると
なんかこの頃は情けない気持ちになることもあったが、少し自信をもらった気がする
稲盛さんの仰るように、一人でも二人でも人を雇い続けるのは
大変なことだと思います。
我が家の息子も中小企業に勤めていますが、
社長さんはとても頑張って下さっていると思います。
yottinさんも大変な時期ですが、この言葉が当てはまるのでしょうね。
後輩友人さんからの予約も入り、人とのつながりも有難いことですね。
アップされていた海の幸たっぷりのちらし寿司、
デラックスで美味しそうでした。
私もがっつりと頂きたい気分です(^_-)-☆
企業人であれ宗教人であれ、大成遂げた人の言葉は素直に聞くべきです
凡人の狭い視野の中で思うことは、やはり自分中心の独善的な考えが多いと思います
煩悩にまみれている私などはいかに天罰から逃げながら好き勝手するかばかり思っています
だが天罰覿面、到底天の目を欺くことなどできません
結局、清く正しく生活しながら周囲の人々の役に立つ仕事をすることで魂の穢れを浄化することが肝心です
かといって聖人の如く自制できるものでもありません、たまにはご褒美と瓶脳の一つくらいは見逃して頂きたい
それでまた張り切って世のため人のために精進努力できれば良いのではないでしょうか
美味しい料理で社会貢献できれば幸いと思っています