80分の1丁目16番地

ペーパースクラッチによる車両作りを中心に1/80、16.5ミリゲージの鉄道模型を楽しんでいます。

JAM2023行ってきました

2023-08-21 22:27:51 | その他
この日曜にJAMを観てきました。最近はあまり各ブースをじっくり観察するということもなくなっていて、今回もなかば「買い物」にいったような感じです。笑

毎年真っ先にお邪魔するギミックさん。2023の今年は残念ながらこてはし鉄道さんがご入院されていたのでお会いできませんでしたが、お仲間の手で無事完成されたと思われる素晴らしい「EF58ボディ吊り上げギミック」がしっかり実演されていました。今年の開催テーマ「電気機関車」に合わせて製作されたものです。どうかお早いご快復をお祈りいたします。



そのあとはモデラー出展をざっと一巡してから模型店巡り。(笑) まずはトラムウェイのブースで101系やEF13など気になる新製品をチェック。3Dレジンの西武2000系の現物も見ましたが出来はなかなか良さげです。ただ、価格はかなり↑↑↑になるだろうとのこと。その場では到底言えませんが「がん(顔)だけ売ってくれ・・・」というのが正直な気持ちです。。キハ20系、とりわけキハ52はちょっとそそられるものがありました。

(101系:来月には発売になるだろうとのこと)

(EF13:うん、なかなかヨイ!)

(西武2000系:3Dレジン製品)

(キハ52:ほほーこれも期待かな)


最終日だったらめかB級品ボディは客車が少しあるだけでしたが、オハ35戦後型とマニ36のセット?を買い求めました。普通なら買わなかったと思いますが、たまたま出がけに中央東線の1973年頃の客レ編成を調べていてオハ35の戦後型が多いことに改めて気づき、「戦後型」というフレーズが頭の中をリフレインしたままの状態でブツを見つけてしまったのが敗因かと思います。いや、別に負けてはいないんですけど。。w

あとはワールド工芸のブースで、欲しかったイベント企画品のR10形冷蔵コンテナのキットを3個を買い求め、小一時間ほどで会場を後にしました。

こちらがお買い上げ品であります。



オハ35の「キノコ折妻」というタイプで、屋根に鋼板独特の継ぎ目が無い「布屋根仕様」の床下付きボディです。



何をどう見間違えたのかドアも同梱されていると思ったら端梁パーツだけでした。。Assyのドアパーツはメーカーには残っているようですが、まあ自作しても知れているので自家製ドアを付ければヨシ!台車(TR34)はさすがに買ってこないとだめかな。。



冷蔵コンテナは、先日製作したコキ5500に載せてED61あたりに牽かせる予定。



ということで、全然JAMレポートになっていなくて只のお買い物日記ですが、「やっぱり鉄道模型いいな」という刺激はたっぷり受けてきましたので、引き続き製作に励みたいと思います。


コメント (4)
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小笠原から戻りました

2023-05-21 13:20:25 | その他
先週の金曜日に小笠原から戻りました。前後の移動を入れて11日間は海外旅行を除けばをたぶん人生初ではないかと思います。後半は天候に恵まれたこともあって時間がたつのも早く、思えばあっという間の11日間でした。

滞在最終日の朝、車を返しがてらドライブしていると道路脇の崖の途中で何やら動くものを発見。車を止めて確かめに行くとなんとクロヤギが3匹、盛んに草を食んでいました。かつて電車の線路脇で発見された「崖の上のポニョ」そのまんまです。落石防止用ネットを巧みに使って自由自在に移動しています。レンタカー屋で聞いてみるとやはり野生のヤギだそうで、しかもかなりの頭数がこの周辺にいるとのことでした。



出港準備中の「さるびあ丸」です。いつもは伊豆諸島航路(しかも大島、新島、式根島、神津島といった近場)を運航する東海汽船の船ですがはるばるここ小笠原までやってきました。カッコいいぜヒューヒュー♪ 2020年建造の新しい船で、会社のHPによると総トン数6,099t、数々のエコ技術を取り入れたスーパーエコシップなのだそうです。アジマス推進器なるものがついた2枚プロペラ方式で高効率・・・なのだそうですが、管理人にはよく原理が分かりませんので興味ある方はこちらの記事もどうぞ。



高性能シップとはいえ速力は「おがさわら丸」より低いので東京までは29時間かかります。まあモノは考えようで5時間分多く船旅が楽しめる・・・ってわけですね。29時間を過ごマイルーム。特2等寝台“相当”となっていたのでどんなものかと思っていたのですが、ほぼ「おがさわら丸」の特2等寝台と変わらず快適で、しかもAC電源や鍵付きの貴重品BOXもあってアメニティ的には上回っている印象でした。



出航まで船内をウロつきます。後部にある広々とした屋根付きデッキ。東京湾納涼船としても使われるため簡単なステージも設置されていています。



船内中央の階段室。案内カウンターやTVモニターなどもあります。



小笠原航路のメイン客層は島民、がっつりマリンレジャーを楽しむ民、ビジネス客などですが、伊豆諸島航路の客層は「ちょっと島行こうか」的な少しライトな若者が多いとみえて随所に「さるびあ丸サイコー!♡」的な映えスポットが用意されています。



売店はなく代わりに自販機コーナーが各フロアにあります。レストランもありますが、島民や旅慣れた人々は缶ビール+つまみ+カップヌードルの黄金比を楽しみながら車座になってデッキで過ごす・・・といった風景が多くみられました。



午前10時30分、いよいよ出航です。係留ロープが収納されてゆっくりと岸壁を離れるさるびあ丸。さようなら父島、さようなら小笠原。後方でははじま丸が静かに見送ってくれます。



岸壁では多くの人々が見送ってくれました。先日のドック入り前最後の「おがさわら丸」出港時は太鼓も出て大変な賑わいでした。それと比べると静かですが心温まる見送りです。



名物の伴走が始まりました。ダイビングショップなどの面々が小型クルーザーからいつまでも手を振って名残を惜しんでくれます。



そして最後は豪快にダイブパフォーマンス!



受験か就職か起業か、それとも人生に疲れて島を訪れた若者がいたのでしょうか「つかめ!未来を!」の横断幕も。たぶん本人には知らせずサプライズだったのでしょう。メッセージの先が誰かは知る由もありませんが今後の成功を祈りたいですね。



海鳥も伴走。形式判定(笑)の結果カツオドリではないかと思いますがどうなんでしょう?



湾口を出て北に針路を取るとウエザーステーション展望台が見えてきました。独特の三角屋根の展望台は遠目にもはっきり確認することができます。ここから眺めた果てしない水平線と沈みゆく夕日は素敵でした。



深みのあるボニンブルーの海と真っ青な空ともお別れです。ありがとう小笠原。



出航後3時間。もう周りに島影はありません。幸い波は穏やかで快適な航海が続きます。あまり大きくない船なので最上階のデッキからは操舵室越しに前方が見えます。“かぶりつき”は出来ませんが上下する水平線を眺めるだけでも十分楽しめます。



ちなみ今はココ!ううむため息が・・・いやいやそういうことは考えない考えない。。笑



出航から7時間が経過。日が傾いてきました。デリックのマストで鳥たちも休憩中・・・ってキミたちもずっと乗って来ちゃったの??



さらに1時間が経過。日がだいぶ傾いて夜の帳が下り始めました。



太平洋に沈む夕日。島で見たときと同じく薄雲に隠れて沈む瞬間は見られず残念でしたが感動ものでした。



日が沈んでからはマイルームでゴロゴロ。レストランで軽く夕食(あまり食べ過ぎると行きみたいに酔うので軽くかき揚げそばを・・・)の後はデッキに出て星空をぼんやり眺めます。ほぼ天頂には北斗七星。そして目の端にピカッと光るものを時折感じて振り向くと何事もなく動かない星空。あれは流れ星なのでしょうか。ちなみに夜空の撮影は難しいので写真はありませんよー♪


ベタ凪に近い海況で揺れがほとんどないためしっかり眠ることができました。アラームをセットして日の出を見にいきます。午前4時38分太陽が顔を出しました。しかしこの後は雲に隠れてしまい再び出ることはなかったのでラッキーでした。早起きは三文の徳であります。



八丈島、三宅島の沖合を通過し、昼頃にいよいよ船は館山沖から東京湾口に入ってきました。いきおい航行する船舶が増えてきます。コンテナを満載したコスコ・シッピングと書かれた船を追い越します。中国の海運大手の船のようです。あのぉボクが1年半前に注文した鉄道模型、載ってないですか?w



さるびあ丸最後の食事は盛んに宣伝していた「大えびフライカレー」にしました。1,500円ぐらいで船内価格としては飛びぬけて高いわけでもなく、ボリューム感のある大えびが2本しっかりサクサク・ホクホクに揚がっていたので満足でした。波静かだった帰路は4食とも船内レストランで食べちゃったなぁ。。笑



午後3時前。あと30分少々で到着します。海の色が小笠原を出た時と明らかに違うのが分かります。ボニンブルーの海が懐かしい。。



見慣れたお台場の景色。しかし東京港旅客船ターミナルには見慣れない自衛隊の艦船が・・・。今日から始まったG7と関係があるのか??と思いましたが、これは20~21日の土日に開催される「東京みなと祭」の一般公開のために接岸していた「試験艦あすか」のようです。任務中の護衛艦ではできないレーダーやミサイル、火砲等を試験するための珍しい艦艇だそうで、これを海上から眺められたのは、やはり早起きは三文の・・・違いますね、、



長かった航海もこれで終わり。レインボーブリッジくぐり抜けの儀、であります。出発した時とは打って変わって雨の帰還となりました。



さるびあ丸の武器、真横にもできる「アジマス推進器」の威力をいかんなく発揮しながら狭い港内でゆっくりと転回。下船はボーディングブリッジとなる旨のアナウンスがありました。ただいま東京!



以上、6回にわたってお届けした小笠原旅行記(一応出張デス!!!!)はこれにて完となります。人生初となる小笠原の豊かな自然に接した経験は良き思い出となりました。今後は再び鉄道模型ブログに戻りますが、またこうした機会があれば、また、徒然なるままに旅行記をアップしていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

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小笠原へ来ています(5)

2023-05-20 00:39:20 | その他
実は本日午後、東京へ戻ってきたのですが、最終日の話なのでまだ小笠原にいるテイで書きます。


父島へ来てからちょうど1週間がたちました。今日もオフです。なにせ帰る船が明日まで無いのですから。

天気も上々なので、朝散歩の代わりに、朝ドライブで今まで行けてなかった南部の海岸を訪ねてみることにしました。まず、村営バスの終点にもなっている「小港海岸」へ向けて車を走らせます。15分ほどで駐車場に到着。海岸はここから先5、600m先ですが、道が狭くなるのでここからは歩きになります。



しばらく歩くと幅広な川が寄り添ってきます。八ッ瀬川という川で、急峻な崖が海まで迫っている父島ではこのようにゆったり流れる川景色は珍しいといえます。



さらに進むと大きな木をまん中に据えたロータリーが見えてきました。ここが村営バスの終点・小港海岸バス停です。大木は「ベンガルボダイジュ」と解説されていました。



ここは「東京都最南端のバス停」だそうです。残念ながらバスは20分前に出て行ったあとでしたが、代わりに何やら緑色の生き物がバス停ポールに張り付いて出迎えてくれました。トカゲです!



近づいてみると愛らしい目をクリクリさせてじっとしています。爬虫類愛好家の気持ちが少し分かった気がしました。ところが後で調べたところとんでもないヤツでした。「グリーンアノール」という外来種のトカゲで、小笠原固有の昆虫をことごとく食い荒らしている困りものだそうです。宿の近くに環境省のビジターセンターがあるので写真を見せたところ「あ、それです」と即答。擬態が得意で木から降りてきたばかりなので奇麗な緑色をしているのではないかと。でもキミ、バス停に擬態しきれずに見つかったよね。w



バス停からさらに林の中を歩くと浜へ出ました。なんと美しい天然の入江に広がる白砂のプライベートビーチ!



朝早いこともあって誰一人いないビーチは波音と鳥のさえずりに囲まれていました。



続いて近くにある「コペペ海岸」にも行ってみました。一度聞いたら忘れないユニークな名前ですが、小笠原開拓時代にコペペさんという人が住んでいたからこう呼ばれるようになったとのこと。小港海岸よりも小さくさらにプライベート感にあふれる波静かなビーチでしたが、ここに写っていない背後では遠足でしょうか、小さな子どもたち10数人が引率されて来ていて賑やかでした。



宿へ戻る道中の駐車場から見た「境浦」です。湾の中に座礁船の残骸が見えます。先の大戦で日本海軍に徴用された濱江丸(ひんこうまる)が米軍の攻撃を受けて航行不能となり、漂流の果てにこの湾内で座礁したとのこと。昭和50年代頃までは船体が残っていたそうですが、現在はご覧のとおりほとんどが朽ち果て、エンジンなど一部が顔を出しているのみです。ここでも日常のすぐ隣に戦争遺構が残っていました。



宿へ戻ってひと休みし、午後はすぐ近くの大村海岸へ出て、「おがさわら丸」の代船としてやって来る「さるびあ丸」の入港を見届けることにします。あまりに水が奇麗だったので思わず靴を脱いで海に入ってみました。どうですこの澄んだ水!!ただ、下が砂地でなく枝サンゴの欠片でゴツゴツしており、ビーチサンダルで来なかったことを大いに後悔しました。



あずま屋の床を見ると何やら枝サンゴのかけらで文字が・・・。ちょっと崩れちゃってますが、カイト君お誕生日おめでとうだよ!笑



そして・・・ 😊GASAWARA LOVE💛 いいなあ思い出いっぱい作れよ!!(誰だか知らないけど)




午後2時前、まず「ははじま丸」が汽笛を鳴らして入港。今日は「さるびあ丸」からの乗換え客を乗せてもう1度母島へ向けて片航海します。



続いて午後2時15分頃、ツートンながらもポップな模様が目をひく「さるびあ丸」が予定より早く入港してきました。



青灯台を抜けると岸壁はすぐそこです。以前は「おがさわら丸」がドック入りすると1か月近く船が来ない期間が続いたのが、2021年からは東海汽船の「さるびあ丸」が代船として1往復だけ運航することになり、人や物資の流れが完全に止まることがなくなりました。乗れる人数も運べる貨物量も「おがさわら丸」より少なく速度も遅いですが、この船に対する地元の期待は大きいようです。我々はこの年に1度しかない貴重な船で明日、東京へ戻ることになります。



乗船ターミナル前が久々に賑わっています。なんでも、「年に1度の“さるびあ丸で行く小笠原”」のようなツアーも販売されているようで、父島組は今から明日の午前10時半まで滞在できるので若干の観光はできるものの、母島組は夜着いて朝出るという、まさに寝に行くだけのようなツアーです。まあメインは「さるびあ丸」に乗って小笠原航路を楽しむというプレミア体験がウリなのでしょう。



入港日は街も賑わいを取り戻します。この店はてっきり「ドック休暇」(「おがさわら丸」のドック入りに合わせて本土に出かける)で5月中は休業かと思っていたら開いていました。しかし、もしかして「東京↔父島」の看板もお持ちではないですか?と聞くために店に入る勇気はありませんでした。。



この後は同行者と居酒屋で仕事の打ち上げ。そして満天の星空を愛でながら小笠原最後の夜は更けていったのであります。

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小笠原へ来ています(4)

2023-05-18 03:21:24 | その他
月曜の母島で今回の仕事はひととおり終わったので、東京行の船が出る木曜までの間の2日間はオフとなりました。日課の?朝散歩で近所を歩きます。来島してから気になっていたトンネルを抜けてみることにしました。

大村隧道と清瀬隧道という2本のトンネルが大神山の下をまっすぐ貫いています。これは二見港岸壁側の大村トンネルの入口。戦前に掘られたとのことで、海沿いに都道が整備されて現在は人と自転車専用ですが、以前は車も通るメインルートだったそうです。



大村隧道は短いですが清瀬隧道はかなり長く、入口から少し入った場所に左右から衝立のようにせり出した場所があります。そして1か所だけ写真のような「扉」が畳んだ状態で固定されていました。貼り出された解説を読むと、戦時中にこのトンネルは防空壕として使われ、そのため鉄製と木製の2重の扉が両サイドに設置されたそうです。折り畳まれたこの「扉」はその名残だとか。



攻撃を受けて入口が塞がってしまった場合を考えて横穴も掘られていたそうです。確かに中央付近に1本の横穴があって、はるか彼方に外界の光が見えました。島内には数々の戦争遺構が残されている父島ですが、多くの人々が日々利用する現役のトンネルの中にも、当時の姿を留める遺構が静かに眠っているわけです。



清瀬交差点側の入口は石積みのトンネルポータルが残されていました。



漁港の方に向かって少し歩くと何やら風変わりな建物が目に入りました。



近づいてみるとネコのイラストが描かれたタイル絵が所狭しと貼られています。ここも解説が貼られていたので読んでみると、野生化した猫によって小笠原諸島にのみ生息する希少な鳥が絶滅に追い込まれたことから、こうした「野ネコ」を捕獲して本土の動物病院へ送るまでのあいだ収容しておく「待合所」なのだそうです。当初は安楽死を考えていたところ、「野生動物は島でしか生きられないが、猫ならば都会でも幸せになれる」との獣医のアドバイスを受け、東京へ移送して里親を探すためのプロジェクトが立ち上げられたとのこと。このイラストはこうして命をつなぎとめられたネコたちの顔だったんですね。



ちなみに東京までの移送は小笠原海運が無償で引き受けているそうです。「今日のねこまち」は6頭と書かれています。次の船で私たちと一緒に東京へ行くんですね。初めての都会暮らしは慣れないだろうけど新しい飼い主さんに目いっぱい可愛がってもらうんだぞ!



しかし野山を駆け巡っていたネコを都会っ子にすることは大変な努力がいるようです。
おがさわらネコプロジェクトの詳細はこちらをご覧ください。


歩き疲れたのでいったん宿へ戻ることに。青灯台と対になる赤灯台は漁港の入口にありました。



ひと休みしてから改めて出直した先は、先日休館と思って引き返してしまった「小笠原海洋センター」。しかし今日も建物の扉は閉ざされ中には誰も居ないもよう・・・。HPでは奥の水槽は見学できると書いてあったのと、脇の柵が開いていて奥からは子供たちのはしゃぐ声が聞こえていたことから、意を決して中に入ってみることにしました。



一番奥の水槽でスタッフとおぼしき女性が二人、カメのお手入れ?をしていたので声をかけてみると、どうぞ自由に見学してくださいとのこと。ちなみにお手入れ中の亀さんはタイマイだそうで20歳を超す大ガメでした。



施設は「製氷海岸」と呼ばれる湾に面して建てられていて、日当たりの良い水槽では無数と言っていいくらいの子ガメたちが泳いでいます。ほとんどが0~2歳程度アオウミガメだそうで、ある程度大きくなったら海へ放流するとのこと。



気持ちよさそうに泳ぐウミガメだち。スーパーのペットコーナーで買ってきたカメは育てたことがありますがこんなに多くのカメを観察するのは初めてです。あまりの可愛さに時間を忘れて見入ってしまいます。あと「亀は意外と速く泳ぐ」は本当でした。笑



可愛いウミガメが泳ぐ様子をおすそ分けします。ちなみにカゴに入っているのは傷を負ったり体調が芳しくないカメさんとのこと。



でっかいアカウミガメも1匹いました。実に貫禄ある堂々とした泳ぎです。



ウミガメに癒してもらったあとは有名観光スポット「ウエザーステーション展望台」へ上ってみました。



かつて気象観測施設があった場所を改装したためこの名前があるそうです。西側に大きく開け見渡す限りの大海原が広がっていました。



左手南方の奥にはうっすらと母島も見えます。前日はあそこまで2時間20分もかけて荒れる海を越えて行ってきたのがウソのように近くに見えます。



ここは夕日の鑑賞スポットとして有名なので、日没時を狙ってもう一度上ってみました。実に美しい夕暮れです。



残念ながら雲が多く奇麗な落日とはなりませんでしたが、波音と鳥のさえずりに囲まれて見る雄大なショーは素晴らしいのひと言でした。



夜のとばりが下り始めた二見港も絶景でした。


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小笠原へ来ています(3)

2023-05-16 21:27:04 | その他
前回の投稿でハッシュタグを付けておきながら書くのを忘れていたことがあります。去る日曜日のこと、この日もオフなので車で宿の近くの長崎展望台というところまで上ってみました。父島の北側に位置し、海を挟んで1km足らずで対岸の兄島を見ることができます。上っていく途中で二見港が見えました。



長崎展望台からの眺め。左側に半島のように突き出しているのが兄島で、右奥に見える小さな島が東島。どちらも無人島です。兄島はかつて空港建設計画がありましたが、生物調査の結果多様な固有種が生息していることが確認されて中止となった経緯があります。



展望台から少し先へ行った場所に「枕状溶岩」の露頭がみられます。小笠原諸島周辺は海底火山の噴火によって堆積した溶岩が隆起して島々が形成されたとのことで島内の随所でゴツゴツした岩肌を見ることができます。この溶岩流が流れた跡が複数重なってできた地層の断面を見ると枕が重なったように見えることから枕状溶岩と呼ばれています。道路工事で現れたとみられるここのものは解説板も設置され、その特徴的な模様がよくわかります。



この後は山を下りて「小笠原海洋センター」という施設を訪ねてみました。ウミガメの飼育を行っている施設で年中無休とのことで訪ねたのですが残念ながら入口は閉まっていて誰もいないようでした。残念!しかしこの投稿を書いている今日判明したのですが、脇の開いていた柵を構わず通って中に入れば見学できたようです。可愛いウミガメの泳ぐ様子は次の投稿で!



近くの駐車場に車を止めて港を眺めていると1隻の貨物船とおぼしき船が静かに入港してきました。濃いブルーに黄緑色のライン。この時は船名が読めなかったのですが、帰って調べたら共勝丸(きょうしょうまる)という貨物船でした。地味ながら、おがさわら丸やははじま丸と並んで東京と父島・母島間を定期的に往復して島民の生活を支える“第三の船”が共勝丸なのです。これも今日間近で撮れたので追って投稿します。



そして翌月曜日は母島での仕事のため「ははじま丸」に乗って母島へ渡りました。



天候は雨。海況も悪く船は揺れに揺れましたが、往路のおがさわら丸で味わったような船酔いは不思議と発症せずに済みました。揺れも限度を越すとアトラクション並みの快感に変わるようです。



母島・沖港の待合所脇のオブジェ。2時間程度で仕事は終わったので「島寿司」を昼食でいただきトンボ帰りとなりました。



帰りの船を待つ間に周辺をブラブラ。漁港なので船の陸揚げ装置があって久々に見る「鉄路」でしたがあまりワクワク感は湧きませんでした。島生活が心地よすぎて焼きが回ったというか骨抜きにされてしまったようです。



さらば母島。天気の良い日にまた来たいものです。



またまた荒波にもまれながら父島を目指します。この深い青色は「ボニンブルー」といって小笠原を代表するカラー。最近東京や横浜方面で増殖している電車の色に通ずるものがありますね。



父島へ戻ってメインストリートを歩いていると「おがさわら丸」の愛称板をテーブルに再利用していた店の脇に思わず二度見するブツを発見しました。別の店の前には「おがさわら丸」と「東京↔父島」のサインがセットで置かれていたと書きましたが、先代の船には愛称と行先サボ各2枚づつ、合計4枚が設置されていたことから、もう1枚の「東京↔父島」サボがどこかに残存しているはず・・・と、要らぬスイッチが入ってしまったのです。



近くへ見に行くのは余りに不審者なので望遠で撮った写真を拡大してみると・・・。うーん、これは似て非なるもののようですね。大きさや枠の材質が違うようです。小笠原滞在はあと1日。残りの1枚は果たして見つけられるのでしょうか。


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