おはようございます。新宿区神楽坂で研修&カウンセリングの事業を営む ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
昨日(12月15日)は、来年の前半に出す本の素材を整理するために時間をかなり費やしました。
今までにこのブログやヒューマン・ギルドのニュースレターやメルマガなどに書いてきたものがよみがえってきます。
このように、ブログを毎日更新していることは、結構大変ではありますが、受け止め方によっては、未来のために貯金をしているようなものです。
さて、「日本人のスピリチュアリティ」の第3回目です。
今までの2回の基本トーンは、日本人の生活のあらゆるところに神道の精神が生きているとし、主に自然との一体感を強調しました。
今回は、西洋人が物質としか捉えないモノの中にも霊魂の存在を見る、日本人のスピリチュアリティを紹介します。
山本七平が書いた本に『「空気」の研究』(文春文庫)があります。
この本にこんな記述があります。
少し長いですが、引用します。
大畠清教授が、ある宗教学専門雑誌に、面白い随想を書いておられる。
イスラエルで、ある遺跡を発掘していたとき、古代の墓地が出てきた。人骨・髑髏(されこうべ)がざらざらと出てくる。
こういう場合、必要なサンプル以外の人骨は、一応離れた場所に投棄して墓の形態その他を調べるわけだが、その投棄が相当の作業量となり、日本人とユダヤ人が共同で、毎日のように人骨を運ぶことになった。
それが約1週間ほど続くと、ユダヤ人の方は何でもないが、従事していた日本人2名の方は少しおかしくなり、本当に病人同様の状態になってしまった。
ところが、この人骨投棄が終わると2人ともケロリとなおってしまった。
この2人に必要だったことは、どうやら「おはらい」だったらしい。
実をいうと2人ともクリスチャンであったのだが―またユダヤ人の方は、終始、何の影響も受けたとは見られなかった、という随想である。
この後に山本七平は続けます。
骨は元来は物質である。この物質が放射能のような形で人間に何らかの影響を与えるなら、それが日本人にだけ影響を与えるとは考えられない。従ってこの影響は非物質的なもので、人骨・髑髏(されこうべ)という物質が日本人には何らかの心理的影響を与え、その影響は身体的に病状として表れるほど強かったが、一方ユダヤ人には、何らかの心理的影響も与えなかった、と見るべきである。
クリスチャンの2人に神道の「おはらい」が必要だったとは笑いですが、日本人が西洋人がモノとしか捉えない物質(ここでは人骨)や草木にも霊魂を感じる神性(スピリチュアリティ)に、私は日本人であることを誇りに思います。
<お目休めコーナー>うちのカミさんが根津美術館の庭で撮った写真(2)
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