見もの・読みもの日記

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近代は難しい/中国民族主義の神話

2004-06-04 13:44:24 | 読んだもの(書籍)
○阪元ひろ子「中国民族主義の神話:人間、身体、ジェンダー」岩波書店 2004.4

 近代は難しい。最近、つくづくそう思うようになった。高校生のころ、教室で習った「歴史」は、畢竟、人類の進歩のプロセスだった。生まれや性別による不平等、迷信、無知蒙昧、戦争の惨禍など、さまざまな桎梏を克服して、ようやく人類が万人の幸福に向けて確実な第一歩を踏み出したのが近代と呼ばれる時代だと思っていた。

 だが、歴史はそう単純化できるものではないらしい。母国の後進性に心を痛め、列強の侵略に抵抗した国民的英雄の言辞も、よく読んでみると、アメリカの黒人や国内のマイノリティに対する差別意識が露わである。

 初期フェミニストの一部は、女性の解放と地位向上を希求するがゆえに、「産む性」の価値を強調した結果、優生学を受け入れ、国家主義への加担を招いている。

 中国女性の「纏足」を唾棄すべき陋習とした「進歩的」男性知識人は、社会の変化に翻弄される女性の苦痛に対して、本当の共感を持ち得たのか。単に西欧人のオリエンタリズムを内面化して女性に振り向けただけなのではないか、などなど。だから近代の評価は本当に難しい。

 それにしても、最近、気になるのは梁啓超という人物である。

 昨年、CCTV(中国中央電視台)が製作・放映し、多方面で物議をかもした近代史ドラマ「走向共和」では、いかにも才走った若者らしい男優さんが演じていた。前半の辮髪にゆったりした中国服姿も、後半のアーリータイムズのギャングみたいな洋装も、ダンディで惚れ惚れした。たぶん昨今の中国人一般は、梁啓超という名前に、ああいう男性的なカッコよさを期待するのだろう。(もしかするとそれは、「望ましい近代」のイメージそのものなのではないか?)

 浅田次郎の長編小説「蒼穹の昴」に登場する梁文秀(史了)は、いかにも女性読者の支持を集めそうなキャラクターで、基本は著者の創作だが、一部には梁啓超のイメージが投影されているらしい。

 さて、本書は、妻ある梁啓超が、ハワイ華僑の女性に出会って心惹かれたことを、妻に手紙で告白したエピソードを紹介している。その文面の、妻に対する無神経さは、ちょっとひどい。近代の男性知識人のひとつの典型を見るようだ。でもおもしろい。ひどいオトコというのは、つねに?魅力的である。



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