見もの・読みもの日記

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遊牧民族の多様な文化/チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展(江戸東京博物館)

2010-02-06 23:57:50 | 行ったもの(美術館・見仏)
江戸東京博物館 特別展『チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展』(2010年2月2日~4月11日)

 いちおう、江戸博の公式サイトに上がっている説明は読んでいったのだが、いわく、「モンゴル帝国は、チンギス・ハーンが1206年に建国した騎馬遊牧国家です。13世紀に出現したチンギス・ハーンは、1800年間続いた多くの騎馬遊牧民族による戦争を終結させ、騎馬遊牧諸民族を統一し、モンゴル帝国を建国しました…」云々。これは、草原の英雄チンギス・ハーンの華麗なる遺産をどーんと集めた展覧会なのだな、と誰だって思うだろう。会場の外にも、内蒙古の博物館から運んできたらしい、巨大な馬上のチンギス・ハーン像が飾られていたし。

 ところが、会場に入ってみると、「第1部 戦国時代のモンゴル」では、チンギス・ハーン登場以前に興亡を繰り返した騎馬遊牧民族、東胡族・匈奴族・鮮卑族・突厥族・契丹族に関する資料が展示されていた。あれ?そういうコンセプトだったの? まあ、いいけど…。この「戦国時代」という呼称も、ちょっと分かりにくい。いちばん古い東胡族は「紀元前475年から1125年に興った」そうだから、中国史でいう「戦国時代」と重なるが、そういう意図ではなく、モンゴル帝国以前の”群雄割拠の時代”という意味で使っているらしい。モンゴル史では、こういう時代区分が定着しているのかしら。

 東胡族だけ、よく知らなかったので調べてみたが、中国東北部を拠点とした遊牧民で、東胡はツングースの転音だとする説もあるようだ。匈奴族・鮮卑族の装飾品は美しい。鮮卑族の、ハート型の薄板を何枚も取り付けた金飾りは、曖昧な記憶だけど、新羅や藤ノ木古墳の出土品との類似を感じさせる。おお~と思ったのは、突厥族の『浮き彫り臥鹿文銀皿』で、2009年の正倉院展で見た『金銀花盤』によく似ているのだ。前者は「臥鹿」で、後者は歩きかけた「見返り鹿」なのだが、角のかわりに頭上に頂いた蓮の花(レタスみたい)がそっくり。全体の装飾の精巧さは前者(突厥族)のほうが勝る。解説には「いずれも唐から与えられたもの」だろうとあったが、やっぱり、地続きの突厥のほうが、海上の小国日本より優遇されていた(脅威だった)のかなあ。鹿、熊、牛、馬など、身近な動物のかたちを模した装飾品や俑は、どれも愛らしくて、久しぶりに漢詩「敕勒歌」を思い出した(ググって探した→天蒼蒼、野茫茫、風吹草低見牛羊)。

 契丹族(遼)は、金庸の『天龍八部』でもおなじみで、親近感のある民族。1986年に内蒙古自治区の陳国公主墓から出土した黄金のマスク、銀鍍金冠、金花銀製靴などが展示されていた。展示物にもびっくりだが、出土したときの写真が生々しくて、圧巻。

 第2部、チンギス・ハーンとモンゴル帝国に関する展示は、かえって印象が薄かった。そもそも、あまり文物が残っていないんだろうなあ。『監国公主の印鑑』が、チンギス・ハーンの一族に関するほとんど唯一の同時代資料らしい。中国の博物館から借りてきたらしい、投石機や戦車の大規模な複製は、それなりに面白かった。テント式の『霊包』(これも複製展示)は「移動できる王陵」としてつくられたものだそうだ。内部の祭壇に酒瓶(?)が2本献じられていて、ラベルがチンギス・ハーンの肖像らしかったのが気になった。それから、景教(キリスト教)やイスラム教の文物がさりげなくあって、モンゴル帝国が多様な宗教を許容していたことが感じられた。

 第3部はモンゴル帝国以後、すなわち明清時代を扱うが、清朝と元朝(モンゴル)の連続性(→岡田英弘編『清朝とは何か』)には明確に触れていなかった。会場の最後に、モンゴルの代表的な楽器、馬頭琴の演奏が聴けるコーナーがあり、2002年版『射雕英雄伝』のテーマ曲がよみがえってきて、懐かしかった。

 余談。帰りがけ、出口で呼び止められて、アンケートへの協力を求められた。江戸東京博物館のほか、江戸東京たてもの園や写真美術館も管理している東京都歴史文化財団の調査だそうだ。時節柄、いろいろ見直しを求められているんだろうなあ。お察しします。でも「当館のライバルとなる施設はどこだと思いますか?」という設問には笑ってしまった。「うーん、(最近の)サントリー美術館」って答えたけど、いかがでしたでしょう? 都内で、比較的大きなハコで、「借りもの」イベントが多いため、企画に一貫性がなく、大規模展示をいろいろやっているわりに、館の「特徴」が印象に残らない、ってことを言いたかったんだけど。江戸博さんは、もうちょっと、自前の収集や研究にお金かけたほうがいいと思います、って言えばよかったかな。

展覧会公式サイト
展覧会公式ブログ「モンゴル日記~ぶらり草原の旅~」には、展示品の写真も多数掲載。
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