見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2017年10月@関西:京都・八瀬の赦免地踊り

2017-10-09 22:03:04 | 行ったもの(美術館・見仏)
 三連休は京都・名古屋で秋の展覧会めぐりをしてきた。直前にネットで京都の観光情報を調べていたら、八瀬の赦免地(しゃめんち)踊りというお祭りを見つけた。実は以前、京都文化博物館が「八瀬童子関係資料」をテーマとした展示をやったとき、この祭礼の写真を見て、いつか行ってみたいと思っていたのだ。10月第二日曜に京都にいることなど、そんなにはないので、これはチャンスである。

 しかし、逡巡する気持ちも強かった。公共交通機関で行って、ちゃんと市中に帰ってこられるのか? わりと遅くまでバスがあることは分かったが、バス停から祭礼会場までたどり着けるのか? 夜道を歩けるくらいの灯りはあるのか?など。こうなると都会っ子はだらしないのである。この週末は、東京の友人がやはり京都に来ていたので、土曜は一緒に夕食をとった。「明日は八瀬の赦免地踊りを見に行こうと思っている」と話したら、へえ~と感心するように返されたけど、正直、人に言ってしまえば決心がつくかなと思っていた。

 さて、当日。地下鉄で終点の国際会館まで行き、19:05の八瀬・大原方面行きバスに乗り換える。駅前のロータリーがすでにかなり暗い。同じバスに乗る人はそれなりにいた。「八瀬」というと、私はかなり山深いイメージを持っていたのだが、実は地下鉄の終点から15分程度である。道の両側は暗いが(つくばの夜道くらい)ずっと住宅が続いていて、かなり大きなマンションもある様子だった。通りすがりの八瀬駅前にはセブンイレブンもあった。

 事前に調べていた「ふるさと前」というバス停で下りる。暗闇の中、まばらに歩く人の姿があり、交通整理をしていておじさんがいたので、そちらへ行ってみると、すぐに大きな鳥居が見えた。祭礼の舞台となる八瀬天満宮社と思われた。鳥居の下に灯りがあって、机を出して座っている人たちがいた。お土産の手ぬぐいなどを売っているらしかった。それにしても、周囲の闇に比べると、本当に小さな灯りである。「こんばんは」「こんばんは」と声をかけて、鳥居をくぐっていく子供たちがいたので、そのあとに続いてみる。鳥居をくぐると、広いなだらかな道(あとで馬場と判明)があり、続いて長い登りの石段がある。山の中腹の、石段を上がったところに舞台がしつらえてあり、客席にまばらに人が座っている。

 どうしよう? いったん席に座ってみたものの、何か始まる気配もない。集落(どこにあるんだ?)に行ってみたほうがいいかなと思い、再び石段を下り、鳥居を抜けて、バス停とは反対(左)の方角に灯りが見えるのをたよりに歩いて行った。しばらく行くと「秋元神社」の大きな提灯を吊るした家があり、着物を着た二人の少年を多くの人が囲んでいた。さらに先に灯りが見えたので進んでいくと、ちょうど辻になっているところに、集落の会所のような建物(区役所出張所)があり、白いテントを出して、おみやげや軽食などを売っていた。「行列はここから出ます」という看板があり、見物客は、だいたいここに集まっているらしかった。

 19時半を過ぎた頃、会所のような建物の二階から、花笠をかぶった女の子の一団が下りてきた。「踊り子」と呼ばれる、10~11歳の女子児童10名である。闇の中ではこんな感じ。



 フラッシュが焚かれると、一瞬だけ姿が浮き上がる。



 続いて、二基の灯籠が、辻の一方からふわふわと近づいてくる。赤い切り絵に飾られた切子灯籠は蝋燭の灯りなので、近づくと甘い蝋の匂いがする。



 これを頭に載せる役を「灯籠着」といい、13~14歳の女装した男子8名がおこなう。



 別の方向から二基、また二基、と計八基の灯籠が辻に勢ぞろいする。灯籠着は前がほとんど見えないので、「警護」と呼ばれる黒い羽織袴の大人の男性が、一基に一名ずつ背後に立って、介添役をつとめる。



 そして、十人頭、音頭取り衆などとともに秋元神社に向かって出発する。太鼓に合わせ、ゆっくりした唄(伊勢音頭など)をうたいながら、一同は進む。かなり高齢のおじいちゃんが、手を引かれながら、ひときわいい声で歌っていた。見物客もぞろぞろとそのまわりを着いていくのだが、私は少し歩を速めて、行列を追い越し、神社の石段の上で行列を待つことにした。行列が石段の下に到着すると、あたりの照明が可能な限り消され、闇の中を唄声とともに提灯と灯籠が上がってくる。真の闇とまではいかないけれど、灯りの美しさ、慕わしさが印象的である。



 灯籠着たちは、石段を上がり切ると、舞台の前の客席のまわりを何周かして、お役御免となる。切子灯籠は、胸の高さくらいの低い石垣の上に並べられ、舞台と客席を照らし続ける(触らないよう、注意のアナウンスがあった)。



 舞台では、三番叟などさまざまな芸能が行われる。



 「赦免地踊り」のホームページの解説によると、最後は「警護」が灯籠をかぶり、ゆっくりと屋形の周りをまわった後、宿元へ走りながら帰っていくのだそうだ。ううむ、そこまで見るには八瀬に泊まらないといけないな。今回は、全体で1時間ほど見物し、20:56のバスに乗って国際会館経由で市中のホテルに戻った。

 闇の中だったけど、八瀬いいところだったなあ。山のかたちがやさしくて、星もきれいだった。次回は明るい昼間に来てみたい。だいたい秋元神社というのは、八瀬天満宮社の摂社なのだが、どこが秋元神社なのか全く分からなかったので、もう一度来てみようと思う。
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