見もの・読みもの日記

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永青文庫で購入/等伯の説話画 南禅寺天授庵の襖絵(須賀みほ)

2017-10-04 23:39:26 | 読んだもの(書籍)
〇須賀みほ『等伯の説話画 南禅寺天授庵の襖絵』 青幻舎 2015.4

 昨日のブログに書いたように、永青文庫の秋季展『重要文化財 長谷川等伯障壁画展 南禅寺天授庵と細川幽斎』を見に行って、帰りに受付で本書を見つけ、しばらく迷った末に購入してしまった。32面の襖絵の写真が、至れり尽くせりの構成で収録されている。全体図もあるし部分拡大図もある。人物の顔や猫、鶴だけではなくて、黒い墨をすばやくこすりつけたような岩肌の表現、繊細な松葉の表現なども拡大写真で楽しめる。

 さらに襖絵が天授庵の方丈に収まった状態を、さまざまな角度から撮影していて、非常に興味深い。等伯の襖絵は、室中とその左右、三つの部屋にわたるのだが、たとえば右の部屋(商山四皓図)の襖の一部を開けると室中の「禅宗祖師図」がどのように見えるのか、左の部屋(松鶴図)の場合はどうか、室中の奥の仏間との仕切りを開けるとどうなるかなど、言葉では説明しがたい、さまざまな光景を本書で体験することができる。

 本書の出自については「南禅寺天授庵において、2009年から2014年にかけておこなった長谷川等伯筆襖絵の記録撮影と造形研究の成果に基づいています」という説明が、巻末近くに記されている。しかし、研究の成果というけれど、長谷川等伯がいつの時代の画家で、この作品は、どんな主題をどんな技法で表現したものかといった、展覧会図録にありがちな解説がほとんどない。いや、実はそれなりにあるのだが、余白たっぷりのページに「商山四皓図は中国画題として近世よく描かれた主題であり、等伯作のものとしては大徳寺真珠庵にも襖絵がある。」などという記述が、ぽつりと置かれていると、何か昔話の一節を聞かされているようで、それが事実かどうかなど、どうでもいい気分になってくる。「むかしむかし長谷川等伯という画家がおりました」と優しい声で聞かされているようだ。

 ページをめくると、王維の漢詩(読み下し)や紀貫之の和歌があり、写真を眺めながらめくっていくと、今度は「禅宗祖師図」についての説明がある。全体の構図の説明のあとは、各場面の典拠について「ある日、東西両堂の僧らが一匹の猫をめぐって争っていた」という具合に、物語が紹介されている。まるで絵本を読む気分だ。本書の紹介は、左端の「懶瓚煨芋図」に始まり、右端の「船子夾山図」で終わる。全体を読んでみて(逆向きよりも)こっちの流れのほうがいいなあと感じた。

 「この間に描かれる四つの情景はみな、禅師が人と、あるいは弟子と向き合い、語り合う体をあらわしていた」というのはそのとおりだ。その究極が、命の別れの瞬間をあらわす「船子夾山図」の物語である。著者はこの考えに基づき、消えゆく自然光の中で「船子夾山図」の写真を撮影している。ただ見るだけでも美しい写真だが、文章を読んだあとは、しみじみ感動的である。

 天授庵の襖絵は「ナラティブインスタレーション」である、という言い回しは新鮮で面白かった。私は、絵画に物語を持ち込んではいけないという近代絵画の呪縛を受けて育ったが、古い絵画資料から、ナラティブつまり説話性を積極的に読み取ることで、思わぬ豊かな世界に触れることができるように思う。
コメント
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