年度末と異動準備の慌ただしさの中、それでも帰宅すると、毎日必ずNHKオンデマンドで『まんぷく』を見ていた。朝ドラを完走したのは、2015年の『あさが来た』以来、久しぶりのこと。モデルとなった安藤百福氏の「インスタントラーメンの発明者」という看板に対して、いろいろ疑義があるのは承知の上、視聴者を明るく前向きな気分にさせる、いいドラマだったと思う。今週から始まった『なつぞら』は、また趣きが違うが、私は大森寿美男さんの脚本が好きなので、腰を落ち着けてじっくり見ようと思う。
帰宅して、少し時間のあるときは、ネットで中華ドラマを見てから寝た。3月初めに『九州・海上牧雲記』を見終わって、そのあとは少し悩んだ末、大陸でも2月27日から始まったばかりの最新版『倚天屠龍記』(騰訊視頻)にした。監督は2017年版『射雕英雄伝』と同じ蒋家駿氏。中国各地の美しい風景を次々に見せてくれるし、出演者は美男美女揃い、アクション演出にはキレがある(スローモーション多すぎという批判はあるが)。仕事の疲れとストレスを忘れて、スカッと気分爽快になって眠りにつくことができ、大変ありがたい作品である。いま、全50集の第23集まで見た。四大ヒロインの最後のひとり、趙敏がようやく登場したところである。
私は、2009年版の張紀中プロデュース『倚天屠龍記』を2012年くらいにネットで見ている。中国語字幕でドラマを見ることを始めたばかりの頃で、これはけっこう難しかった。あまりにも設定や人物造型が日本のドラマの常識と違い過ぎて、想像で補えないのだ。確か、前後して小説も読んで、やっと大筋を理解したのだったと思う。それに比べると、2019年版は、今のところ、あまり常識外れの行動をとる人物がいない。張無忌くんは大変いい子だ。婚約者を棄てて魔教の愛人のもとに走った紀曉芙も、道を踏み外した愛弟子に死を与える滅絶師太も理解できる。あれ?こんなに分かりやすい話だったかと、ちょっと拍子抜けする感じである。
2009年版は、実際の武当山でロケが行われていて、坂道に沿って曲線の赤い壁が続く、古さびた道教寺院の風情がとてもよかった。私は2011年の夏に実際に現地を訪れているので印象深い。本作では、残念ながら武当山ロケは行われていない。さすがにもう、ユネスコ世界遺産での撮影はできなくなってしまったのかな。
2019年版のオープニングタイトルには「金庸の同名小説に基づく改編」という注記が添えられている。実は原作も2009年版も、細かいところは覚えていないので、今のところ、どこが改編なのかよく分かっていない。ただひとつ、本作では明教の光明左使・楊逍(峨嵋派の紀暁芙と相思相愛になる)の存在が目立っていて、大陸でも日本の武侠ファンの間でも話題になっている。私も非常に気に入っている。2009年版ではそんなに目立つ存在ではなかったと思うのだけど。
主題歌『刀剣如夢』は、1994年(台湾電視)版で使われたものだという。私は初めて聞いて、大好きになってしまった。ネットで視聴しているので、主題歌は飛ばすこともできるのだが、毎回聴いてしまう。アップテンポでポップな曲調なのだが、歌詞は古典的で、冒頭の「我剣、何去何従」という一句、どこかで見覚えがあると思ったら、「何去何従」(どちらを捨て去り、どちらに従えばよいのか)は「楚辞」にあるのだった。「匆々」も漢詩や漢籍で覚えて言葉だが、日本語の「そうそう」とちがって、中国語音の「ツォンツォン」の繰り返しは、強く急き立てられる感じがする。こういう、長い文学の伝統を取り込んだ現代作品に出会うのは嬉しい。