■大和文華館 特別展『天之美禄(てんのびろく) 酒の美術』(2021年10月9日~ 11月14日)
酒にまつわる多様な美術作品によって、古代から近世の東アジアにおける酒の文化を紐解く。古代中国の青銅器から青花の盃や粉引徳利まで、実際に酒を飲むことを思い浮かべると、急に身近に感じられる。一番欲しいと思ったのは、磁州窯の五彩牡丹文高足杯(金~元時代)で「天地大吉、一日無事、深謝」という、気持ちのいい銘が入っている。
■東大寺ミュージアム 開館10周年記念・特別公開『華厳五十五所絵巻』(2021年10月1日~11月16日)
国宝『華厳五十五所絵巻』を前後期に分けて全公開。そもそも華厳経の入法界品によれば、教えを求めて善知識=賢者たちを訪ねてまわった善財童子は、53番目の普賢菩薩のもとで悟りを得る。東大寺には、このうち37場面が伝わっている。私が見た後期展示は、獅子宮城の法宝髻長者に始まり、沃田城の堅固解脱長者までだった。ちょっと猫背でいつも上(自分より大きな善知識のほう)を見上げている、小さな善財童子がかわいい。善知識の姿はさまざまで、鬼の姿だったり、僧形だったり、女性も多い。摩耶夫人のところにも行くのだな。「主夜神」と呼ばれる神格が繰り返し登場するのも気になった。とにかく愛らしくて素敵な画巻だった。
■春日大社国宝殿 秋季特別展『金工の美-王朝の優美な装飾から豪華な鎧の金具まで-』同時開催『最強の疫病終息の神-水谷社に祀る牛頭天王-』(2021年9月4日~12月13日)
春日大社の摂社・水谷神社(みずやじんじゃ)の牛頭天王曼荼羅衝立(平安時代後期)が気になって見に行ったのだが、報道などで用いられていたのは赤外線加工した画像で、現物の衝立(木板)は、何が描いてあるか、ほとんど見えなかった。加工画像では、三面十臂で頭上に牛の頭を載せた主尊が虎に騎座している。「金工の美」では、若宮御料の古神宝類や大鎧の金具を堪能した。
■奈良県立美術館 特別展・生誕200周年記念『森川杜園展』(2021年9月23日~11月14日)
幕末から明治にかけて、奈良人形(一刀彫)の制作を軸に活躍した森川杜園(1820-1894)の作品を紹介。先月、東美特別展でも見た「高砂」または「後高砂」と名付けられた人形が5体並んでいた。大きさや表情が微妙に違う。嘉永2年(1849)奈良奉行所与力・橋本政方の依頼で制作したのが杜園の出世作で、以後38体作られたことが確認されているそうだ。他にも能や狂言、舞楽に取材した人形が多数あった。杜園自身、狂言師としても活動しており、最晩年には木津川の架橋式に招かれ、医師が止めるのも聞かずに狂言を演じたことで、体調を崩し亡くなった、という逸話がある。
杜園は、奈良の寺社の寺宝や正倉院御物の調査にも積極的に携わり、模写や模造を多く残している。まさに今年の正倉院展に出ている『螺鈿紫檀阮咸』のインコの絵(壬申検査社寺宝物図集)もあって驚いた。戦後の正倉院展に先立ち、明治時代には「奈良博覧会」という行事があって、東大寺大仏殿回廊で正倉院御物が公開され、模造の制作が進められていたことを初めて知った。杜園は、このほか、興福寺の天燈鬼・龍燈鬼や手向山八幡宮の狛犬の模造なども手掛けており、木彫彩色というのが信じられない作品もある。
また、鹿の木彫も数多く制作し「一百鹿」を目指した(百には達しなかったとも)。個人的には根付・香合などの小品が好きだ。全長5cmほどの謡曲人形シリーズは全部ほしい。東美特別展で見た伊勢海老の香合もあった。
※参考:奈良博覧会については、奈良県立図書情報館に詳しい情報あり。
・図書展示 『奈良博覧会と奈良-明治の正倉院展と奈良の魅力』(2015年10月31日~12月27日)
・同展パネル資料と思われるもの(PDFファイル)