〇奈良国立博物館 『第73回正倉院展』(2021年10月30日~11月15日)
正倉院展は、昨年同様、今年も完全予約制と聞いたので、チケット販売開始と同時に希望の日時を予約した。10月31日(土)朝9時の予約だったので、30分前に行ってみると、すでにピロティの折り返し2列目の中央くらいまで人が並んでいた。予約済なので並ぶ必要はないのだが、この開館を待つ時間も、正倉院展の楽しみなのである。
9時ちょうどに開館。コロナ前のように、あっという間に会場内が人で埋まることがないのは、本当にありがたい。それでも冒頭の光明皇后の書『杜家立成』の前は混んでいたので、あとに回す。単立ケースに出ていたのは『刻彫尺八(こくちょうのしゃくはち)』。竹の表皮を彫り残し、全体を花鳥や女性の姿の文様で覆っている。『山水夾纈屏風(さんすいきょうけちのびょうぶ)』はシンプルな染織だが、左右対称の岩山・樹木・遠景の山並みが、仙界らしくて面白かった。雲に乗った小さな仙人が浮遊している。
今年は視覚的に華やかな宝物が多いと感じたが、中でも随一なのが『螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん)』。 比較的最近の記憶があると思ったのは、2019年に東博の御即位記念特別展に出ていたためだ。チョコレート色の紫檀の地に、乳白色とオレンジ色の螺鈿で、連珠を咥えた二羽のインコを表現する。大ぶりな文様が実に贅沢な感じ。捍撥(かんばち、撥受け)には、現物では分かりにくいが、楽器演奏を楽しむふくよかな唐美人たちが描かれている。こういう美品を見ると、天平の宮廷というよりも、直接、唐の盛世に想像が飛んでいくのは、最近の中国ドラマの影響である。
『曝布彩絵半臂(ばくふさいえのはんぴ)』は袖の短い上着の一種で、正倉院には30着以上伝わっているが、彩絵が施された麻製のものは、今年の展示品のみだという。背中側に、唐草の蓮華の上で向き合う二羽のオシドリと、宝相華を咥えて後足で立ち上がった二頭の獅子が描かれていて、おしゃれなスカジャン(笑)みたいだと思った。繊維に残る成分から、当初の彩色を復元した図も掲示されていた。実は1階エントランスのバナーに、やけに可愛い獅子が描かれていて、どの宝物から取ったのか分からなかったのだが、これか!と判明した。『十二支彩絵布幕(じゅうにしさいえのぬののまく)』は何に使われたのか、よく分からないのが面白い。
『漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)』も、今年のメインビジュアルに使われている。全然記憶になかったのだが、実物を見た瞬間、これは見たことがあると思い出した。蓮華をかたどった台で、香印盤を載せ、焼香を行ったと考えられている。確かに美しいのだが、手が込みすぎて、完全に実用を離れている点が、ちょっと正倉院宝物らしくない。ちなみに奈良博のホームページに上がっている「出陳宝物一覧」リストでは、前回出陳が1993年になっているが、2013年の誤りと思われる。
最後の展示室には、筆・墨・硯・料紙などの文具類がまとまって出ていた。特に筆は、毛と紙を交互に巻き付けて作られた(有芯筆、巻筆、雀頭筆などと呼ばれる)という説明が、興味深かった。一つの筆に複数の種類の毛を用いたり、毛と紙の層の数、巻紙の種類もさまざまであるとのこと。割竹のキャップをつけた筆もあった。こういうの、中国の古装ドラマで再現されていないかな。絵紙や色麻紙は、作りたてのような色鮮やかさ。この色麻紙を用いた作品が、冒頭の光明皇后の『杜家立成』なのだが、やや右肩上がりの癖のある字で、墨をつけすぎの箇所もあり、自由でのびのびした書体が微笑ましかった。
役人や写経生が使用したと思われる『早袖(はやそで)』や『白絁腕貫(しろあしぎぬのうでぬき)』も面白かった。『白絁腕貫』は左右が紐でつながった腕カバーだが、紐に使用者と思われる「高市老人」の名前がある。この解説を読んで、あれ?と思って、慌てて展示室を戻る。『正倉院古文書正集第19巻(伊豆国正税帳ほか)』の紙面に「高市老人」の墨書があったのだ。ただしこれは、本来の文書の上にあとから書き付けたメモのようにも見えた。また、同一人物であるかどうかも分からない。展示図録を読むと、高市老人の閲歴は(正倉院文書から?)かなり分かっているようだ。無名の人物なのに、面白いなあ。
図録とあわせて、正倉院カレンダーを初めて買ってしまった、来年1年はこれを眺めて過ごすのである。