見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

新版画の多様性/ポール・ジャクレー(太田記念美術館)

2023-07-02 23:51:49 | 行ったもの(美術館・見仏)

太田記念美術館 『ポール・ジャクレー:フランス人が挑んだ新版画』(2023年6月3日~7月26日)

 今年のはじめから同館のtwitterアカウントが、本展開催に向けて、時々、ジャクレーを紹介してくれていたので、絶対行こう!と決めていた。ポール・ジャクレー(Paul Jacoulet、1896-1960)は、パリに生まれ、3歳の時に来日し、64歳で亡くなるまで日本で暮らした版画家で、昭和前期に流行した「新版画」の絵師のひとりと考えられているようだ。「新版画」といえば、最近、川瀬巴水、吉田博、笠松紫浪などにあらためて注目が集まっているが、ジャクレーの名前は、私は全く知らなかった。

 なのでtwitterで見たジャクレー作品は衝撃的だった。たぶん最初に見たのは、本展のポスター・チラシにもなっている『満州宮廷の王女たち』連作の1枚「打ち明け話の相手」だろう。中国ドラマでもおなじみ、髪を高く結い上げ(両把頭)、多くの髪飾りや装身具をつけ、旗袍をまとった満州族の高貴な女性二人が描かれてる。上品な淡い色彩、精緻な描写が作り出す、甘く華やかな装飾美とエキゾチシズム。この1枚で完全にノックアウトされたと思ったのに、ジャクレーには、ほぼ裸体の南洋の男女、朝鮮やアイヌの風俗を描いた作品もあると分かって、さらに興味が深まった(太田記念美術館さん、ほんとtwitterでの煽り、いや紹介が巧い)。

 本展はジャクレー作品162点(全て個人蔵)を展示。前後期で完全入れ替えなので、始まってすぐ前期を訪ね、もちろん後期も見て来た。いやあ面白かった。日本の「版画」芸術にこんな一面があるなんて、思ってもみなかった。

 私が一番印象深く思ったのは南洋に取材した作品群である(数も多かったように思う)。病弱だったジャクレーは、静養を兼ねて1929~1932年の間にサイパン島、ヤップ島などミクロネシアの島々に数か月から半年間、毎年滞在した。当時、ミクロネシアは日本の委任統治領だった(思わず、気になって調べてみたが、中島敦のパラオ赴任は1941年なので重なっていない。土方久功は1929年にパラオに渡り、1931年からヤップ島に滞在しているので出会っているかもしれないな)。

 ジャクレーが描いた南洋の男性たち(青年、少年)は、ほぼ裸体で、褐色の肌と美しい身体の線を惜し気もなくさらしている。晩年に回想によって描かれた「オウム貝、ヤップ島」は、理想化された肉体が、背景の美しさと相まって、パラダイスの風景を思わせる。女性像は腰巻をまとっただけの姿もあるが、連作『チャモロの女』は、おしゃれなブラウスとスカートに身を包んでいる。また、晩年の作品「太平洋の神秘、南洋」は、腰から下が魚(?)になっている女性、たぶん人魚を描いたものだと思う。いま映画『リトル・マーメイド』が主役に有色人種を起用したことで議論を呼んでいるらしいが、これを見ると、褐色の肌の人魚姫は十分ありだなあ、と思った。

 中国、満州、朝鮮を描いた作品もそれぞれ面白かったが、私が強く惹かれたのは、モンゴルの男女を描いたもの。「新版画」に受け継がれた「浮世絵」の射程がここまで伸びているのか!と感慨深かった。独特の髪型で知られるハルハ族の女性や鷹狩に興ずる男性、ラマ僧を描いたものもある。ジャクレーの版画は、珍しい風俗や華やかな民族衣装に目を奪われがちだけど、ちょっとした仕草や視線に人物の心情が現れている。その点で好きなのが「恋文、モンゴル女性」。

 商業版画は美しい女性を描くことを求められるけれど、ジャクレーは「老若男女」を描くことにこだわったという。確かに、日本のおばあちゃんがコタツに入っているところや、孫と一緒の朝鮮のおじいちゃんを描いた作品もある。アイヌの老人、老女を描いたものもある。

 購入した図録(図版は40点のみ)の解説によれば、80~90年代には何度か展覧会が開かれており、2003年には横浜美術館でジャクレー展が開催されている。全然知らなかった! この展覧会をきっかけに、ジャクレーの作品を見られる機会が増えるとうれしい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする