見もの・読みもの日記

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美しい爆撃機の記憶/B-29の昭和史(若林宣)

2023-07-10 00:28:23 | 読んだもの(書籍)

〇若林宣『B-29の昭和史:爆撃機と空襲をめぐる日本の近現代』(ちくま新書) 筑摩書房 2023.6

 太平洋戦争(あるいは大東亜戦争、アジア太平洋戦争)について、今なお多くの日本人が、戦争末期の数か月間に行われた日本本土空襲を記憶している。本書は、太平洋戦争を象徴する存在となった爆撃機ボーイングB-29スーパーフォートレスと日本人の歴史をひもとくものである。

 私は昔から「飛行機」と「空爆」の歴史に関心があって、この分野の既刊書をかなり読んできたが、新しく気づかされたこともいろいろあった。ひとつは、第一次世界大戦は人々が戦闘機どうしの空中戦を空の一騎打ちのように見なし始めた戦いであったが、戦略家は航空隊の圧倒的な優位性(前線を飛び越えて敵の補給路やはるか後方の生産施設を攻撃できる)に気づいていたという記述。「一騎打ち」とか「撃墜王」の清々しさは神話でしかないのだ。

 アメリカでB-29開発につながる動きが始まったのは1940年初頭である。このときアメリカはまだ参戦しておらず、最初から対日戦のために考え出されたものではないという。全長30メートル、全幅43メートル、自重30トンという巨体で、ジュラルミン合金を用いた全金属のセミモノコック構造。第一次世界大戦で用いられた飛行機がまだ「木製モノコック」でヨーロッパの家具製作の技術に倣ったものだったというのにもちょっと驚いた。本書にはB-29の全体像の図版(絵画?)が掲載されているが、四発プロペラエンジンが力強く、美しい。

 B-29の機体が「うつくしかった」というのは、当時の人々がしばしば語る印象である。本書は、こうした証言を丹念に収集していて興味深い。谷崎潤一郎が、機体の「スッキリしてゐて美しきこと云はん方なし」に加えて、プロペラ音に着目して「日本機のガラガラ云ふ音と異なりて、プルンプルンと云ふ如き振動音を伴ひたる柔らかき音なり」と書いていることも初めて知った。

 そもそも米軍は中国の奥地から日本本土を攻撃することを計画していた(目標は九州方面に限定された)が、1944年6月、サイパン島の陥落によって、太平洋方面からの本土爆撃が可能となった。1944年11月1日には偵察用に改造されたB-29が東京上空に初めて姿を現し、11月24日には中島飛行機武蔵製作所をねらった爆撃が行われた。以後、日本は無差別爆撃に徹底的に苦しめられるわけだが、その経験はわずか数か月間に過ぎないことをあらためて認識した。これでは「喉元過ぎれば熱さを忘れ」ても仕方ないかなあ、とも思った。

 1944年6月の北九州初空襲の後、大本営陸軍本部はB-29邀撃に関する戦訓を作成しており、そこには「最後には体当たりを以て撃墜するの断乎たる決意」という一節が見られる。そして、実際、8月の北九州爆撃では、体当たりによるB-29撃墜の例があり、盛んに報道・宣伝された。B-29に対する「特攻」が軍において組織的に企画・実行されるのは1944年11月からだが、それ以前から、一般大衆も帝国議会の議員も「体当たり」を称揚していたのである。

 1945年1月以降、激しさを増す空襲に苦しむ東京の様子は、警視庁カメラマンの石川光陽の『グラフィックレポート 東京大空襲の全記録』の引用で紹介されている。吉見俊哉氏の『空爆論』にも出てきた名前だ。伊藤整、山田風太郎、徳川夢声なども同時代の証言を残している。

 さて戦後である。徳川夢声は「娘たちは意識するとしないとに拘らず、B29を透して、戦勝国アメリカの男性に憧がれているのである」と日記に記した。しかし著者もいうとおり、B-29の向こうに「アメリカの男性」を見て、(自分のものであるはずの)日本の女性を取られる敗北感に歯噛みしているのは徳川夢声自身であろう。なかなかグロテスクな告白だと思う。

 1950年代にはB-29の性能ひいてはアメリカの科学力を讃嘆する論調が多く見られたが、無差別爆撃そのものの批判や反省にはつながらなかった。機能性(流線形)は美しい。しかし無差別爆撃に使用され、多くの命を奪ったB-29は本当に美しかったのか?という著者の問題提起は大事だと思う。そして『火垂るの墓』の著者である野坂昭如が、1978年、米国テキサスへ飛行可能なB-29に会いに行き、「俺は何をやっているんだ」という混乱した思いを書き残したエッセイ「慟哭のB29再会記」を知ることができたのもよかった。たぶん戦争の記憶は、きれいに整理するほど嘘になるので、さまざまな矛盾や混乱を含んだまま、受け止めるしかないのだと思う。

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