〇『清平楽』全69集(湖南衛視、騰訊視頻、2019年)
中国ドラマファンの評判がよいことを聞いていたので、いつか見ようと思いつつ、機会がないままになっていたら、5月からBSで『孤城閉~仁宗、その愛と大義~』のタイトルで日本語字幕版が始まった。しかし私はBSを見られる環境がないので、ネットで中文版の視聴を始め、気がついたらBS放送を追い越して視聴を終えてしまった。結果は、たいへん満足している。さすが正午陽光影業のクオリティだった。
ドラマは北宋皇帝・仁宗(趙禎)の少年時代から始まる。仁宗は、父の真宗の崩御により幼くして即位したが、政治の実権は太后・劉氏が握っていた。仁宗は、宮廷から遠ざけられた生母の李氏に一目会うことを願うが、太后は許さず、李氏は身罷ってしまう。やがて太后も没し、青年・仁宗は自身の政治を開始するが、少年時代の経験は彼の生涯に大きな影響を与えていく。
問題のあった最初の皇后が廃されたのち、廷臣たちが仁宗に奨めたのは、曹丹姝との婚姻。丹姝は兄たちに混じって武芸をたしなみ、男装して学者・范仲淹の講義を聴きに行くなど、聡明で自立した女性。新しい政治に意欲的な若き皇帝の噂を聴き、その大業を支えたいと強く思う。仁宗は皇后として完璧な丹姝に敬意と信頼を抱きつつ、太后の姿を思い出して、親しむことができない。
一方、仁宗は、身分の低い舞姫の張妼晗が一途に自分を慕う姿に慰められ、後宮に入れて寵愛する。このへんは後宮ドラマの定石どおりで『延禧攻略』や『如懿伝』に描かれた女の戦いを思い出した。しかし本作は、「後宮」(女たちの世界)と「前朝」(廷臣たちの世界)の両方に目配りし、仁宗の政治や外交の事跡も丁寧に描いていく。多くの人材を登用したと言われるとおり、韓琦、晏殊、范仲淹、富弼、欧陽修、蘇舜欽など、多士済々。知っている名前も多かったし、知らない名前は調べた。悪役の夏竦も、めんどくさい司馬光も、人間的な魅力が感じられた。仁宗自身も、果断に白黒をつけるよりは、恨みが残らないよう、廷臣の話をよく聞き、バランスをとっていくのが官家(皇帝)の仕事だと思っているようだった。
仁宗は子女には恵まれなかった。曹皇后は一度も懐妊することなく、貴妃の苗心禾が生んだ皇子・最興来は2歳で夭折した。張妼晗も何度も幼い皇女を失っている。仁宗は、ひとり寂しく亡くなった生母の李氏が、自分の子供たちを取り上げているという考えに囚われるようになる。そして、ただひとり成長した皇女の徽柔(母親は苗心禾)を李氏にゆかりの李瑋に嫁がせようと考える。
徽柔は、尊敬する曹皇后を放置して張妼晗の勝手気ままを許している父親に厳しい眼を向けてきた。その徽柔が恋心を抱いたのは、皇后の甥でもある曹評。だが、仁宗は李瑋との結婚を強要する。絶望した徽柔の心の支えとなったのは、幼いときから影のように付き従ってきた内侍(宦官)の梁懐吉。しかし梁懐吉との親密さを疑われ、徽柔は宮城に戻され、廷臣から梁懐吉の死罪を求める声が上がる。ひたすら懐吉のために許しを請う徽柔。後宮の秩序を乱す張妼晗をあれほど嫌っていた徽柔が、人を恋うる情でいっぱいになって、何も見えなくなっているのが、哀れで美しかった。
仁宗は懐吉に下すべき罰は下すが、その命は守り抜く。官家(皇帝)の仕事は「民生」「愛民」だが、その民はどこにいるか。朕のまわりにいる内侍や宮女たちも民である、と仁宗は説く。別の場面(曹皇后と二人きりの場面)では、自分は聖君ではないから全く私情を残さない行為はできない、とも語っていた。ひとり娘の徽柔に甘くなるのは当然の人情である。私情や私欲を肯定して、さらに民の利益を考える、ちょっと新しい皇帝の姿じゃないかと思う。仁宗、最晩年に皇后に向かって「生まれ変わったら、もう一度官家になりたい」と言うのだが、ええ、こんなに気苦労の多い仕事を?と驚いた。
懐吉をはじめとする宦官の描き方も新鮮で印象的だった。少年時代から仁宗のそば近く仕えるのは張茂則。篤実な人柄で、曹皇后に秘めた思いを抱くような描写もあるが、つねに仁宗に忠義を尽くす。徽柔(福康公主)と梁懐吉の話は史実として記録に残っているのだな。知らなかった。懐吉が公主の嫁ぎ先の義母から「不男不女的怪物」と罵倒されたときは、聞くだけでこっちの胸が痛んだ。運命を受け止めて生きていく人々の気高さ。でも懐吉も茂則も、本当の胸の内は言葉にせず、表情だけで視聴者の読み解きに任せるところが、品のよいドラマである。