■細見美術館 琳派展24『抱一に捧ぐ-花ひらく〈雨華庵(うげあん)〉の絵師たち-』(2024年12月7日~2025年2月2日)
1泊2日の新春関西旅行、日本美術関係の見たものをまとめておく。2日目は大阪で少し遊んだあと、京都で細見美術館に寄った。
江戸琳派を確立した酒井抱一(1761-1828)は、文化 6年(1809)、身請けした吉原の遊女とともに下谷根岸の百姓家に移り住む。同所はのちに「雨華庵」と呼ばれ、晩年の作画の場、弟子たちを指導する画塾となり、抱一没後は門下の絵師たちに継承された。本展は「雨華庵」ゆかりの絵師たちを多角的に蒐集した「うげやんコレクション」の協力を得て、江 戸琳派の作品を展覧する。
酒井抱一、作品はよく知っているけれど、閲歴にはあまり興味がなかったので、姫路藩主の孫として生まれ、37歳で出家、50歳を目前に吉原の遊女を身請けするなど、なかなかドラマチックな人生だなとあらためて思った。抱一の没後、「雨華庵」を継いだのは、養子の鶯蒲、鶯一、道一、抱祝。彼らの作品は、いかにも江戸琳派らしい、さわやかな美学を受け継いでいる。この中では、私は比較的、抱祝の作品をよく見ているけど、抱祝の没年が1956年と聞くと、環境や趣味の激変の中で、抱一の後継者が途絶えてしまったのもやむを得ないかと思う。
■楽美術館 新春展『様相の美 文様の美』(2025年1月7日〜4月20日)
続いて楽美術館に寄った。今回は、樂焼では珍しく、文様に焦点をあてた展覧会。確かに楽焼というと無地または自然な釉薬の流れを愛でるものが多いように思うが、意図的な文様を施したものもいくつかある。二代・常慶の『赤樂菊文茶碗』が、初めて楽茶碗に文様が入った例として紹介されており、その後も文様入りは赤楽茶碗が多い印象だった。十六代(当代)吉左衞門の『富士之絵赤樂茶碗』は、赤楽茶碗に黒い影が入っていて、釉裏紅を思わせた。
この日は、久しぶりに晴明神社にも立ち寄って、羽生結弦くんのアイスショーの成功祈願をして帰京した。
さて、その翌日(成人の日)、東博と書道博物館を訪ねるついでに、根岸の「雨華庵」跡に立ち寄ってみたくなった。ネットで検索すると「根岸5-11-36」という番地が出てくる。書道博物館から徒歩15分程度の距離があるが、ぶらぶら歩いていくことにした。ネットには、書道用品販売の精華堂の建物の写真が載っている記事もあるが、行ってみると、ふつうのマンションになっていた。精華堂さんは2012年に破産し、社屋も取り壊されたらしい。
今はもう、何も痕跡はないのだろうか、と思ったら、隣りの歯医者さん(根岸5-11-35)のブロック塀の前に「酒井抱一住居跡」(2015年2月、台東区教育委員会)の説明板が立っていた。
地図を見ると、南東にちょっと下れば吉原である。このあたり、抱一の時代にはどんな環境だったのか、調べながら歩いてみたい。