見もの・読みもの日記

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コロナ・パンデミックを振り返る/感染症の歴史学(飯島渉)

2024-03-05 23:31:05 | 読んだもの(書籍)

〇飯島渉『感染症の歴史学』(岩波新書) 岩波書店 2024.1

 コロナ下で読んだ『感染症の中国史』(刊行はもっと前)の著者の新刊が出たので読んでみた。はじめに新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な流行)の「起承転結」を振り返り、この経験を感染症の歴史学に位置づける。2019年に中国武漢で発生した新興感染症COVID-19は、2020年初頭から世界に拡大し、3月、WHOが「パンデミック」を宣言した。「これほど長く、大きなパンデミックになるとは、ほとんどの人が予想できませんでした」と著者は書いているが、もっと短く終わると考えていたかといえば、私はそうでもなかった。この先どうなるかは全く予想できなかったけれど、マスクをして、人との接触を減らせば、命の危険は少ないというのは、そんなに受け入れがたい状況ではなかった。

 本書を読むと、わずか4年間のできごとなのに、すでに忘れていることがあるのに驚く。それから、さまざまな政策や議論を振り返ると、まさにその渦中にあったときとは、少し違った感慨を抱くものもある。全国民を対象とした一律給付(10万円×2回)は、まあ悪くない施策と思っていたが、本当に効果的だったのか。膨大な赤字を国債で補うことになり、国債発行への警戒感を大幅に緩めてしまったというのは、おそろしい。東京五輪の開催を強行するため、ワクチン接種を急ぎ、大きなお金が動いたことも見逃せない。海外各社から高額なワクチンを買い付けたが、相当数(約8000万回分)が廃棄されたという。そもそも2018年にmRNAワクチンの開発研究を凍結したこと(厚生労働省が研究資金の交付を不認可)から、国の責任を検証してほしい。

 著者は「感染症が世界(歴史)を変えた」という「疫病史観」には否定的で、新型コロナは、もともとあった問題を可視化させたと考える。日本社会への問題提起として挙げられているのは3つ。第一に日本の福祉国家としての持続性。財政収入に合わない社会保障を提供していくことはできないというのは正論だが厳しいなあ。では、どこを削減するのが公平か、という難問が待ち構えている。第二に外国人問題。すでに日本は、外国人労働者やインバウンド消費抜きには立ちゆかない国になっている。第三に国家の役割が肥大化したにもかかわらず、その救済対象から漏れてしまう人々の存在。国の役割を補完するコミュニティの不在が明らかになってしまった。

 本書後半では、天然痘、ペスト、マラリアの歴史を取り上げる。天然痘の克服はジェンナーの「牛痘」の発見によるが、中国では「人痘」が試みられており、その方法は琉球王国にも伝えられていた。順治帝が天然痘で早世したため、免疫を持っていた康熙帝が兄をさしおいて帝位についたという説は初めて聞いた。近代に至ると、健康な兵士と労働者を必要とする国家によって種痘が強力に推進された(むろん植民地経営のためにも)。

 ペストについて「黒死病がペストだったかどうかについては長い間さまざまな議論がありました」という記述に驚いた。中世の人骨のDNA分析によって、黒死病=ペストであることが確かめられたが、起源や伝播をめぐっては、なお議論があるそうだ。人骨から採取されたDNAの分析が可能になったことで、新石器時代にもペストの流行があったことが分かったという。ヨーロッパのペスト体験(隔離、都市化、階級分化)には新型コロナとどこか似通った印象がある。

 マラリアは、蚊が媒介する感染症のひとつで、20世紀後半、殺虫剤であるDDTを利用した根絶計画が世界各地で展開された。DDTの毒性を告発したのがレイチェル・カールソンの『沈黙の春』で(そうだったのか!)以後、DDTによる感染症対策にストップがかかる。1997年、橋本龍太郎首相は国際的な寄生虫対策をリードする「橋本イニシアティブ」を立ち上げ(初めて聞いた)、東南アジアやアフリカに人材派遣・技術協力を行った。ある意味、感染症対策を政治化したということもでき、今日の中国の対アフリカ施策にも受け継がれた。

 短いスパンで見る限り、本書の中にも引かれている「感染症対策に勝者はいない」という表現は正しいだろう。しかし人類が長い歳月をかけて克服した感染症もあるので、そこに到達するためには、記録と記憶をきちんと残す作業が必要だと思う。ドイツに例があるという公衆衛生博物館、ぜひ日本にも欲しい。もちろん学芸員を置いて。


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