息子たちは、同じ保育園から始まり,分け隔て無く、同じ育て方をしたつもりでしたが、高校生になり、クラブ活動も、ほどほどかなと思っていたら、兄は理系志望でラグビー部、弟は文系志望でグリークラブと正反対の方向に進み出しました。
お父さんは、理系でアマチュア無線クラブでしたが・・・・。
兄は高校入学後の連休に、「父さん、おれラグビー部に入ったよ!」と言われて、はてさて3年間続くのかと思っていましたが、ポジションはWTBの14番、そう右のバックスでした。
ラグビー部なんてできるのかと思いながら、息子がレギュラーになってからは、配偶者と毎回の試合にいそいそと出かけ、ラグビーの面白さに取り憑かれました。
息子が初めてトライしたとき、コンバージョンキックで楕円のボールがポールを越えたとき、涙が思わず出てしまいました・・・・。
真夏の菅平合宿、初冬の熊谷ラグビー場と、親も初めての経験をさせてもらい、思い出は尽きません。
弟はグリークラブに入り、パートは高音部のトップテナーになりました。
一年生に入り、諸先輩の巧さか、あれよあれよ、という間に、全国大会に出場して上位入賞をしてしまいました。
ピアノは小さい頃から二人とも習っていましたが、世の中どこで何が役に立つかわかりません。
ラグビーのポジションとグリークラブのパート、全体の中で自分の立ち位置を考え、集団を動かしていく能力、楽曲をもりあげていく能力、歳を重ねていくとだんだんとわかって行くのではないかと思います。
父さんは、高校生の時から一人でコツコツと無線機に向かっているだけだったのですから。