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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

乳房とサルトル

2021-11-06 18:19:54 | 読んだ本

鹿島茂 2007年 光文社知恵の森文庫版
これは、この秋に古本屋で見つけて買ったエッセイ集、前に読んだ著者の『セーラー服とエッフェル塔』がおもしろかったんで。
サブタイトルは「関係者以外立ち読み禁止」で、2003年の単行本のときはこのタイトルだったのを文庫で改題したんだそうだ。
著者あとがきにいわく「よくわからないタイトル」とのことだが、
>(略)エロだか哲学だか関連性がまったく摑めない(引用註←環境依存文字「掴めない」)ことをやっているのが私の文筆稼業なので、この新タイトルは、ある意味、私という人間の本質を衝いているのかもしれない。
といっているので、気に入ってるのかもしれない。
なお、2000年~2002年に「オール讀物」に連載していたときのタイトルは、「とは知らなんだ」だったらしい、ふーむ、私はそれがいちばん好きだな。
ちなみに、乳房については、
>乳房の大きさは時代の無意識を映す鏡なのである。(p.21)
を結論とする、古代では大きいのがよしとされ、文明が発達してローマ文化では小さいほうが称賛され、五世紀に西ローマ帝国が滅びるとゲルマン民族においては大きいほうがプラスとされ、宮廷文化が発展する十二世紀になると特にフランスでは小さいほうが崇拝された、とかって文化論だ。
一方、サルトルについては、
>サルトルは甲殻類、貝類を食べないばかりか、植物も嫌いで、サラダは一切口にせず、果物もまた決して食べない。(略)「生(なま)」の、生命を持っているものは、植物だろうと、動物だろうと、すべて気味が悪く、激しい嫌悪感をそそるのである。(p.202)
みたいなエピソードを紹介して、自然に対しては嫌悪を感じおびえるのに対して、本とか言葉によってつくられた一種ヴァーチャルな世界に逃げ込んで生きようとした人だったんで、『嘔吐』って思想家の哲学小説ぢゃなく、引きこもりの私小説ぢゃないの、みたいな話だ。
というわけで、タイトルでひとくくりになってるけど、そこはべつべつの話。
私がおもしろいと思ったののひとつは、著者の奥さんと娘さんが、料理番組とかに出てる男性アナウンサーがいいと言ってるのをみて、人気のある理由がわかったと、
>(略)「おままごとをしてくれる男の子」だからである。男性原理に生きるマッチョ男たちには想像がつかないかもしれないが、女というのはいくつになっても「おままごとをしてくれる男の子」が大好きなのである。(p.68)
って指摘する話。
ただし、この選好ってのは、奥さんは「娘のお婿さんなら最高」、娘さんは「妹の旦那だったらベスト」と言うように、現実の自分のパートナーぢゃないレベルなので、世の男性は勘違いして「おままごとボーイ」を目指したりしてはいけない。
でも、この責任とかリスクを伴わない、好感度ってやつが、意外と政治家の人気なんかには影響してるんぢゃないかとか議論が発展するのがいい。
そんな男と女のことばっか題材にしてるかっていうと、そうでもない、いろんな国の文化の話とかあって興味深い。
たとえばインド人の買い物は価格交渉が常なのに、日本人は価格交渉をしない、定価で販売して価格以外のサービスで情緒的な満足をもたらす商法を発達させてしまった、その結果、交渉能力が欠如している。
>外交というのは、いわば、双方が歩みよって取引価格を決定する行為である。
>しかるに、定価に情緒的なオマケをつけて割り引くことしかできない日本人には、この価格の決定のプロセスがどうにも飲み込めない。一度掲げた定価は絶対に動かせないものと思い込み、あとは、こちらの立場を繰り返し述べて理解を請うということぐらしか方法を考えつかない。双方の条件提示と交渉次第で、定価など無意味になるということを理解しないのである。(p.130)
というように日本人の外交下手を論じるんだが、結論が、外交官試験合格者をインド商人に見習い奉公に行かせろ、っていうと冗談なのか本気なのかわからないのがいい。
オランダ人の項では、江戸幕府の鎖国のなかでなぜオランダだけ貿易を認められてたのか、日本側の事情だけぢゃなくて、オランダ人の国民性や思考法からも研究すべきだってところから始まるんだけど、
>ケチで、利に聡く、所有欲が強く、身勝手で、権利意識と自己主張は人一倍強い反面、自制心と公共の倫理観に欠け、怠け者で、責任感はゼロで自己正当化し、他人の悪口が大好きで、妬みっぽく、恩はすぐ忘れ、損害は一生忘れずしつこく言い募る。これらの(日本人から見れば)マイナスの性格は、フランス人というよりも、むしろオランダ人の専売特許のようである。(p.133-134)
と、自身の専攻の関係からか、世界で一番扱いにくいのはフランス人と思ってたが違うようだと言っている。
参考までに、これはすべて著者の意見というわけぢゃなくて、『物語 オランダ人』という別のひとの本読んだ感想なので注意。
イギリスとフランスの植民地政策の違いもおもしろい。
>イギリス人は植民地を獲得すると、まず港を造り、ついで鉄道と道路と運河を造って奥地の産地と結んで、生産物を運び出し、本国に送る。
>これに対し、フランス人も港を造ることまでは同じだが、次からが異なる。フランス人は道路、鉄道、運河などよりもまず町造りを優先する。(略)その結果、フランス植民地だった都市を歩くと、どこにもブールヴァールと呼ばれる環状通りがあり、リュクサンブール公園に似た公園があり、そしてなぜか凱旋門がある(たとえばラオスのビエンチャン)。次いで彼らは、現地の人間に教えるためのフランス語の学校を造る。(略)ようするに、フランスの植民地主義というのは、文化の輸出ばかりに熱心で、事物の収奪にはあまり向いていないのである。(p.211-212)
って解説なんだが、インフラ整備に熱を入れたイギリス植民地地域のほうが、マラリアとかの伝染病が人の移動に伴い広がりやすく、比較するとフランス植民地では感染地域を拡大することなかったという。
あと、ボルドーとブルゴーニュのワインの違いの由来について、五世紀の歴史から始まる文化圏の差であるとする話も勉強になる。
ゲルマン民族であるフランク族とブルグンド族が侵入した北側には、ゲルマンの法律や習慣の影響があって、土地財産を相続するときに子供たちに平等に分割してったから、農園が小さく分かれてった。
ボルドーは南側にあって、ローマ文化圏であり、親が生前に子供のうちから一人を選んで不動産のすべてを相続させることを決め、領地は分割されなかった、だからブドウ園は小さくならなかった。
っていうのは、とは知らなんだなんだが、まあ、いずれにせよ私はワインの違いもわからないけど、世界史ってのはこういうことも教えてくれればよかったのにとは思う。
コンテンツは以下のとおり。

巨乳vs.小乳
恋は結婚の後で
愛人は宦官
フランス人はなぜキスが好きか
白木屋ズロース伝説について
女子の高等教育は国を滅ぼす?!
おままごとボーイの謎
変化するオス
II
シェーンは帰らない
「ズッズー」の文明衝突
豚はなぜ軽蔑されるのか
インド人もビックリ
インド人に見習え
命よりも金が大事
猫のヘイ、カモン
カンブロンヌ将軍のひとこと
III
怪しい広告
お魚くわえたドラねこ
フリースの起源
バーガーとドッグ
マロニエの木の根っこの会
植民地主義とマラリア
ブラスリーと極右
ブルゴーニュならマイ・ワインを
ワイアット・アープの経済効果
ラーメンマンとサラリーマン

コメント
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