クレイグ・ライス/長谷川修二訳 昭和五十一年 ハヤカワ・ミステリ文庫版
たしか去年9月の古本まつりで買った文庫、最近やっと読んだ。
原題「HOME SWEET HOMICIDE」は1944年の作品。
これまで私はクレイグ・ライスは3冊かな、読んでみたの、発端は丸谷才一さんが『快楽としてのミステリー』のなかでホメてたのがあったからだ。
いわく、
>女のミステリ作家たちのなかでわたしが不思議に気に入つてゐのるはクレイグ・ライスである。さほど有名ではなく、あまり格が高くないのに、忘れがたい。心にちらつく。(『快楽としてのミステリー』p.148)
ということで、本書については、
>たとへば『スイート・ホーム殺人事件』といふ一九四四年の作品がある。これはミステリ作家である母親の三人の子供たち、女の子が二人と男の子一人が(父親は早く亡くなつた)、母親が有名になれば本もよく売れるやうになると考へて、隣家の殺人事件を母親に解決させようと考へて探偵をするといふ話と、母親を若い美貌の刑事と結婚させようとする話との組合せ。どちらの要素もよく書けてゐるし、殊に子供たち三人が探偵をするといふ趣向は(略)このユーモア探偵小説にいかにもふさはしい。それにこの女流作家の生活の描写(三つの筆名を使ひ分ける。執筆に夢中になると地震のときも気がつかない。何週間もかけて一作を書き、書きあげると美容院へゆく。その他)は、クレイグ・ライスその人の日常を想像させて楽しい(略)(同)p.148-149)
と紹介されてたんで、どっかで読んでみなくてはと気になっていた。
でも、実際読んでみたところ、私にはあまり好みの小説ぢゃあなかったなって感じした、上述のとおり子供たちが探偵なんだが、なんかナマイキそうでヤだっつーか。
十四歳の長女と十二歳の次女と十歳の男の子なんだが、男の子がやたら騒がしいのと次女が芝居がかったまねするのがイラつかされる。
事件は隣家の夫人が何者かに銃で撃たれたってものなんだが、第一容疑者になりかねない被害者の夫は行方不明。
誰がやったのか動機はなんなのか、ところが調べてくうちに、被害者の女性ってのは、実はいろんなひとを恐喝してたんぢゃないかって疑いが出てくる。
そのうち事件現場の家には、まだ警察の捜査がやってるっていうのに、いろんな人が入り込もうとしてトラブルになったりする、みんな何かを探し出したいのか。
傑作なのは三人の探偵のうちの次女が、現場捜査にあたってる巡査部長と話してるときに架空の人名を出して、被害者ともめている会話を聞いたとかウソつくんだけど、あとでその名前の人物が出てきて、ウソついた当人がいちばん驚くって展開。
それはそうと子供たち探偵も現場に忍び込んで独自に手がかりを集めようと、外でさわぎを起こす陽動作戦で警官たちをひきはなし、隣人宅に勝手におじゃましたりする。
そこでの次女と長女の会話、
>エープリルが鼻先で笑いました。「警官なんて男じゃないの」あざけるようにいいます。「女の隠す場所なんて見当がつくはずないわ。ようく考えてごらんなさい。母さんならどこに隠すでしょう。お誕生日の贈物とか、校長さんから来た通知とか、あたしたちが読んで悪いと思うような本なんかを」
>「そうね」ダイナは考えながらいいました。「お風呂場の洗濯物袋の底か、帽子箱か、寝台の敷布団の下か、化粧箪笥の鏡の裏か、食堂の絨氈の下か、お祖父さんの肖像の裏か、古い夜会服を入れた箱の中か、二階の書棚の古い百科事典の後ろね。それから、階段の上の壁かけの下のこともあるわ」
>「わかるでしょう?」エープリルはけしかけるようにいいました。「警官がそんなところを探すと思う?」(p.136)
ほら、やっぱ、こういう子供たち(特に女の子)の話っぷりが好きになれないんだ、私は。