蝶人狂言綺語&バガテル―そんな私のここだけの話第415回
○藍綬褒章受賞祝賀会教え子のあいさつ
西村先生、このたびは藍綬褒章受賞誠におめでとうございます。*1
いまを去る40年前に、但馬小学校にて先生の教えを受けました伊織と申します。*2
文化果つる辺境の地、と世間から寂しいレッテルを貼られた田舎の村の小さな分教場で、6年間にわたって西村先生の謦咳に親しく接することができたのは、私たち第34期生にとって生涯の喜びでありました。きょう改めてそのことをまず先生に感謝したいと思います。*3
私はクリスチャンではありませんが、新約聖書を読んでおりましたら、マタイ伝の18章にこんなエピソードが書かれておりました。100匹の羊を飼っている羊飼いが、あるとき1匹の羊を見失いました。羊飼いは、たかが1匹の迷子の羊のために、残りの99匹を山に残して大捜索に乗り出し、努力の甲斐あってついに迷子の羊を発見したとき、大喜びに喜んだ、というのです。
迷えるもののためには危険を顧ず、勇敢に救いの手を差伸べる「よき牧者」の物語です。
西村先生を思うたびに、私は、この物語に出てくるよき羊飼いのことを思い浮かべます。西村先生は、両親が離婚し、家庭が崩壊し、行き所のなかった1人の級友を自宅に引き取って親代わりとなって育てられたのでありました。われわれ凡人にはなかなかできないことであります。
最近の学校の先生は、普通のサラリーマンとおなじで、9時から5時まで勤務して土曜日曜はお休みのようですが、西村先生は朝から晩まで私たち生徒と遊んでくれました。日曜日には、近所の里山で柿や栗を採ったり、ウサギ狩りをしたりしました。川や海で魚釣りもしました。雨の日は、先生のお宅にお邪魔して初歩の英語を教わったり、村中でたった1台だけあったオルガンを先生が弾き、みんなで唱歌の合唱を楽しみました。*4
個人的なことを申しあげて恐縮ですが、私が現在まがりなりにもプロのピアニストとして活動できておりますのも、その時西村先生から手ほどきされたバイエルのおかげです。大勢の迷える羊を立派に導いてくださいました西村先生へのご恩は終生忘れることはできません。どうか先生、これからもお身体を大事にされまして、いつまでもお元気でまだまだ至らない私どもをお導きください。
○アドバイス
*1老齢者の出席も多いだろう。受賞者と話者の関係を明確に発音してスピーチを始めること。そうしないと、それ以降のコメントの文脈が理解されにくくなる。
*2賞の具体性に言及せず、受賞者の人柄や面影、来歴という角度からアプローチする手法である。
*3聖書とシェークスピアは名文句の宝石箱である。「百匹の羊を有てる人あらんに、若しその一匹まよはば、99匹を山に遺しおき、往きて迷へるものを尋ねぬか。もし之を見出さば、誠に汝らに告ぐ、迷はぬ99匹に勝りて比の一匹を喜ばん。斯くのごとく比の小き者の1人の亡ぶるは、天にいます汝らの父の御意にあらず。」(マタイ伝18章12節)
*4恩師への個人的な感謝が捧げられる。
*5恩師の長寿、健康そして後輩へのさらなる指導が祈念される。この場合、恩師の配偶者が健在ならばここで合わせて言及する必要がある。
バッハ無伴奏パルテイータ第3番を聴く度に資生堂の「トラベルセットが当たる」を思い出す 蝶人