あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

少年少女

2021-10-22 09:50:59 | Weblog

これでも詩かよ 第295回

 

昔むかしあるところに、少年と少女が住んでいました。

ふたりは近所に住んでいたので、地元の同じ小学校に入りました。

 

少年は幼稚園時代にあまりいいことがなかったので、「よーし、小学生になったらがんばるぞ!」と、ひそかに心に誓っていました。

少女はいつも引っ込み思案だったので、「小学生になったら、なんとかして、そんな自分を変えたいな」と、願っていました。

ふたりは、たまたま同じクラスに入り、たまたま、隣同士の席で並ぶことになりました。

 

少女は、隣の少年の顔をそっと見ました。

学校より野山が好きそうな、元気な少年でした。

そこで少女は、今まで生きてきた中で最大の勇気をふるって、おそるおそる少年に語りかけました。

 

「あのお、わたしとお友達になってくれますか?」

聞こえるか、聞こえないかの、小さな、小さな声でした。

すると少年は、声のする方をじっと見ました。

とても可愛らしい少女でした。

 

少年は、少女に向かって言いました。

「もう友達になっているじゃん」

 

それを聞いた少女は、思わずうれしくなって、にっこり笑いました。

すると少年も、なんだかうれしくなって、にっこり笑いました。

 

それから、時はずんずん流れ、長い長い月日が経ちました。

ふたりは大人になり、別々の遠い、遠い町に住んで、別々の生活をしていました。

少年は絵描きさんになりましたが、まだ独身で、少女は早くに結婚して主婦となり、三人の子供のお母さんになっていました。

 

ある日大人になった.少年は、故郷の町の実家で小さな展覧会を開くことを思いつきました。

すると、その話をどこで聞きつけたのか、大人になった少女が展覧会にやって来て、ふたりはおよそ40年ぶりに再会したのでした。

 

少年の絵をぜんぶ見終ると、少女は少年のところへやって来て、

「あのね、私が小学一年生になって隣の席に座った時、きみになんて言ったか覚えてる?」と尋ねると、

少年は「アハハ、そんな昔のこと覚えてるはずがないじゃないか」と答えました。

じっさい何ひとつ覚えていなかったのです。

「そうだよね。あんなに遠い昔のことだものね」と答えた少女は、何か言いたそうでしたが、それ以上何も言わないで帰っていきました。

 

その日の午後、古い家の玄関先には、とても良い匂いのする金木犀の花が満開で、いつまでも少女の後ろ姿を見送っていました。

 

  亡き父母の古家の庭なる縁側の下で這いずるヒキガエルあり 蝶人

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