「週刊碁」で面白い記事と言えば、「お悩み天国/これが治勲のシノギかた」でしょうか。
今年の新年号から連載されていますが、第1回のPR記事で「読者が週刊碁を手に取って3番目以内に見てくれるようじゃないとね」と治勲さんがと書いていました。
個人的には、間違いなくベスト3に入る面白い記事だと思っています。
先週の10月1日号では中学生の質問でした。
Q:「相手の大人が一度打ったのに平気で剥がすのです・・・どう対処したらいいでしょう」という内容でした。
A:「待った」は、過去に戻ることと同義です・・・、碁や将棋で「待った」が許されるなら、碁、将棋の価値は否定されるでしょう。存在する意味すらなくなります。だからぼくは「待った」には怒りを覚えます。
全文まで紹介できませんが、治勲さんの怒りは「人の生きてる価値」にまで言及しています。
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確かに「待った」は、許されることではありませんね。
大会のルール説明などでも「待ったは即負け」と宣言しています。
ただ親睦碁会など、親しい仲間との大会では悩ましい。まして相手が年長者ともなると、言いづらいですね。
「待った」の功罪をヤンワリと自覚してもらうには・・・。治勲さんに、聞いてみようか・・・?