大きな通りの雪は融けていますが、住宅街の街路は雪でつるつるです。まあもう一回や二回は融けるでしょうが。
今日は
■おやじの会「親父の一言」 の1本です。
【おやじの会「親父の一言」】
今日は中学校の日曜参観日。この日にあわせて、おやじの会で「親父の一言」という催しをするのである。
親父の一言とは、参観日授業の一コマを借りて、社会で仕事をする父親として、仕事の話や昔話など、先生以外の男の大人からの一言を子供たちに伝えるという事業である。
授業の一コマは50分で、この中で担任の先生と打ち合わせをしながらお話をするのだ。授業の最後の数分で、または持ち帰ってでも生徒たちは聞いたお話の感想文を書いてくれて、それらは先生から話をしてくれた親父たちに届けられるのだそうだ。
* * * *
三学年で22クラスあるのだが、今回は一年生は一時間目、二年生は二時間目、三年生は三時間目に親父の一言が行われた。
これは、講師になる親たちから「人の話も聞きたいね」ということで、時間帯をずらしたからなのだそうだ。
ところが講師の人数が16名にしかならなかったので、複数の学年を持つ父親が必要。私は1年生から3年生までの各学年を全て持って、一日に同じ話を三回する事になった。まあ練習になるからだんだんうまくなるだろう。
一時間目は一年生で、二時間目は二年生、三時間目が三年生である。全く同じレジメで同じような話をしたのだが、年次が上がる方が生徒の反応は確実に良かった。
危機管理や自然生態、熊、職場での対応、などと言った話はやはり中学一年生にはちょっとレベルが高かったようで、二年生以上のレベルだという感じだった。
三年生ともなると、目も真剣だったしちょっとしたギャグにも笑いが取れた。もっとも私自身、三回目の講話でだいぶ慣れたという事があるのかも知れないが。
今回の私のネタは、公園管理をしていたときに熊が出た、というお話。そこから普段は思いもしないようなトラブルに見舞われたときに私がどう対処したかや、熊と人間との関わり、そしてそこから見る、基本的な危機管理の方法などをお話ししたのである。
トラブル発生の第一段階は、上司や親や先生に報告・相談する事。次に事実関係を正確に把握する事である。そのうえで、関係者を洗い出し、何が許されているか・何が許されていないか、といった法律やルールを明らかにする、そのうえで基本方針を立てて、実行計画を作り、さらにその計画を常に見直す、という順番に考えを発展させて行くのである。
これはトラブル発生時の基本である。これらのことを常に頭の中で練習をしておくと、いつでも身体が動くような心の練習になるだろう。
例えば、バスの中でお年寄りに席を譲れないのは、何気なく座っているときに(今お年寄りが近くに来たらどんな顔をして席を譲ろうか)と常に考えておかないからだ。
そういう頭の中での練習を普段からしておけば、いざというときにすぐに動ける自分になると言う事だ。だから何であっても練習は大事なのだ。
* * * *
二年生のコマが終わったところで参観に来ていた一人のお父さんから声が掛けられた。「いや、素晴らしいお話でした。危機管理の事が実際の場面に照らして話されていて良い話が聞けました」と随分お褒めの言葉をいただいた。
「いやあ、まあそれほどの事でもありませんが、何とかなったという点では勉強になりました」
今日の成果はこの一人のお父さんの感動の言葉で十分なくらいである。やって良かったー。
* * * *
3コマの授業が終わったところで校長先生がご挨拶に来られて、「今日はありがとうございました。この催しは地元の大人から子供たち全員に話しかける講演会ではなくて、授業の中で一人一人が各クラスに話しかけるという総合学習の一環です。札幌市内でも希有の試みですが、私としては継続をしたいと思っています」というお礼の言葉を述べていただいた。
講師として参加した親父さんたちも、一仕事が終わってほっとして「○○さんの話は長かったね」とか「いやあ、汗だくでしたよ」と反省やら感想を楽しげに語る。
こういう連帯感みたいなものを少しずつ育てて行くのも良いのだろうな。これでみんな戦友だ。
来年もまた参加してみたいものだ
* * * *
東京女子マラソンで高橋尚子が素晴らしい復活の優勝。出る前は「お金なのかなあ」などと思っていた自分が恥ずかしい
人に感動を与えられる素晴らしいランナーである事を改めて思い知らされました。記録にも記憶にも残るランナーって素晴らしいな。
今日は
■おやじの会「親父の一言」 の1本です。
【おやじの会「親父の一言」】
今日は中学校の日曜参観日。この日にあわせて、おやじの会で「親父の一言」という催しをするのである。
親父の一言とは、参観日授業の一コマを借りて、社会で仕事をする父親として、仕事の話や昔話など、先生以外の男の大人からの一言を子供たちに伝えるという事業である。
授業の一コマは50分で、この中で担任の先生と打ち合わせをしながらお話をするのだ。授業の最後の数分で、または持ち帰ってでも生徒たちは聞いたお話の感想文を書いてくれて、それらは先生から話をしてくれた親父たちに届けられるのだそうだ。
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三学年で22クラスあるのだが、今回は一年生は一時間目、二年生は二時間目、三年生は三時間目に親父の一言が行われた。
これは、講師になる親たちから「人の話も聞きたいね」ということで、時間帯をずらしたからなのだそうだ。
ところが講師の人数が16名にしかならなかったので、複数の学年を持つ父親が必要。私は1年生から3年生までの各学年を全て持って、一日に同じ話を三回する事になった。まあ練習になるからだんだんうまくなるだろう。
一時間目は一年生で、二時間目は二年生、三時間目が三年生である。全く同じレジメで同じような話をしたのだが、年次が上がる方が生徒の反応は確実に良かった。
危機管理や自然生態、熊、職場での対応、などと言った話はやはり中学一年生にはちょっとレベルが高かったようで、二年生以上のレベルだという感じだった。
三年生ともなると、目も真剣だったしちょっとしたギャグにも笑いが取れた。もっとも私自身、三回目の講話でだいぶ慣れたという事があるのかも知れないが。
今回の私のネタは、公園管理をしていたときに熊が出た、というお話。そこから普段は思いもしないようなトラブルに見舞われたときに私がどう対処したかや、熊と人間との関わり、そしてそこから見る、基本的な危機管理の方法などをお話ししたのである。
トラブル発生の第一段階は、上司や親や先生に報告・相談する事。次に事実関係を正確に把握する事である。そのうえで、関係者を洗い出し、何が許されているか・何が許されていないか、といった法律やルールを明らかにする、そのうえで基本方針を立てて、実行計画を作り、さらにその計画を常に見直す、という順番に考えを発展させて行くのである。
これはトラブル発生時の基本である。これらのことを常に頭の中で練習をしておくと、いつでも身体が動くような心の練習になるだろう。
例えば、バスの中でお年寄りに席を譲れないのは、何気なく座っているときに(今お年寄りが近くに来たらどんな顔をして席を譲ろうか)と常に考えておかないからだ。
そういう頭の中での練習を普段からしておけば、いざというときにすぐに動ける自分になると言う事だ。だから何であっても練習は大事なのだ。
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二年生のコマが終わったところで参観に来ていた一人のお父さんから声が掛けられた。「いや、素晴らしいお話でした。危機管理の事が実際の場面に照らして話されていて良い話が聞けました」と随分お褒めの言葉をいただいた。
「いやあ、まあそれほどの事でもありませんが、何とかなったという点では勉強になりました」
今日の成果はこの一人のお父さんの感動の言葉で十分なくらいである。やって良かったー。
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3コマの授業が終わったところで校長先生がご挨拶に来られて、「今日はありがとうございました。この催しは地元の大人から子供たち全員に話しかける講演会ではなくて、授業の中で一人一人が各クラスに話しかけるという総合学習の一環です。札幌市内でも希有の試みですが、私としては継続をしたいと思っています」というお礼の言葉を述べていただいた。
講師として参加した親父さんたちも、一仕事が終わってほっとして「○○さんの話は長かったね」とか「いやあ、汗だくでしたよ」と反省やら感想を楽しげに語る。
こういう連帯感みたいなものを少しずつ育てて行くのも良いのだろうな。これでみんな戦友だ。
来年もまた参加してみたいものだ
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東京女子マラソンで高橋尚子が素晴らしい復活の優勝。出る前は「お金なのかなあ」などと思っていた自分が恥ずかしい
人に感動を与えられる素晴らしいランナーである事を改めて思い知らされました。記録にも記憶にも残るランナーって素晴らしいな。