昨夜は札幌市内で都市計画学会北海道支部による都市地域セミナーが開催されました。
昨年度から当支部では「よりどころ」というキーワードをテーマにして、人が集まる魅力的な場所とは何か、ということを掘り下げています。
今回は「まちの風景に溶け込む建築とケア」と題して、神奈川県愛川町で高齢者福祉・障がい者福祉・保育、カフェや寺子屋、コインランドリーなどが集まった生活拠点づくりに力を注いでいる馬場拓也さんからご講演をいただき意見交換をしました。
馬場さんは大学卒業後にジョルジオ・アルマーニジャパンに務められ本人曰く、「黄色いフェラーリに女の子を載せてやってくる人たちを相手にしていた」とのことですが、それがお父さんの死去に伴って特別養護老人ホーム(特養)「ミノワホーム」の経営者として地元愛川町に戻りました。
特養というのは要介護3以上の高齢者が、24時間介護のお世話を受けながら終の棲家として暮らす施設のこと。
馬場さんが戻った時には塀に囲まれて薄暗い四人部屋にベッドが並べられている施設でしたが、「壁があると守られているようで、実は地域の営みからお年寄りたちが分断されてしまう」と感じて、その壁を取り払うことにしました。
ところがちょうどそれをやろうとした時期に起きたのが福井山ゆり園での職員による利用者の殺傷事件でした。
スタッフとの間で「壁を壊して大丈夫だろうか」という意見もありましたが、初志を貫いて壁を撤去。
その結果、晴れた日には中のお年寄りたちがベンチで憩い、その姿を地域の人たちが目にすることで地域の見守り意識が高まった事を感じたといいます。
愛川町は高度成長時代に整備された新興住宅地なのですが、春日台地区に30代で家を建てた人たちの多くが今や後期高齢者になり、地域の活力は低下しています。
そこへきて街の真ん中に会ったショッピングセンターが閉店することになりました。
馬場さんはそれを引き受けてその土地に「共生・寛容・自律」の拠点として、複合的な福祉施設の機能を盛り込んだ「春日台センター・センター」を建設しました。
敷地の中には、グループホーム、小規模多機能型居宅介護、シェアオフィス、寺子屋などのほか、コインランドリーを導入して洗濯家事の簡便化と共に、洗濯物を畳んで返すサービスを障がい者が労働として行う就労支援施設も併設しています。
このサービスを行う場所を「洗濯文化研究所」と名付け、地域の交流の場にもしています。
春日台センター・センターはグループホームでありながら、利用者を建物の中に囲って管理するのではなく、外や地域と場をシェアできるような思想で建築を整え、触れ合うことで生じがちな摩擦やトラブルをスタッフや地域の力で解決しています。
介護施設や福祉施設はともすると利用者を建物に閉じ込めて「管理」しておけば良い、それ以上のことは必要ない、という考えに陥りそうですが、馬場さんは、「それでは利用者が生き生きとした日常を暮らすことができないと思った」と言います。
利用者が好きな時に移動できる環境を目指すことで、ここでは認知症で暗い顔をしているお年寄りが地域の日常の生活の中に身を置いて落ち着いた時間を過ごせるようになった姿をいくつも見ているそうです。
こうした発想や実践も、もともと地元の馬場農場の息子さんがやっているという地元出身者がやっていることで地域にも安心して受け入れられている要素があるのかもしれません。
しかしそれにしても、国レベルの福祉の制度は大きな枠しか示していない中で、現場がより良いことをやってみようという試みをいくつもやってそれがうまくいっている事例をやって見せているというのは素晴らしいことです。
福祉にイノベーションをもたらすのは、こうした小さな積み重ねであり、またそれを建築は施設計画や設計で思いに応えることができるものです。
馬場さんは「このセンターセンターの建物がいま日本建築学会賞にノミネートされているところです」と言って、このような施設がもっと世に知られることでより良い福祉環境が広がることを期待されています。
会場からの質問で「これだけの施設を作るにはお金がかかるのではないか」という質問がありましたが、「自らが主体的にいろいろな補助金や支援制度を探せば何かあるものですね。それが降ってくるのを待っていてはいつまでも真剣になれないような気がします」とのこと。
若者のやんちゃなトラブルも、皆で話し合いながら寛容の精神を発揮しながら収めるところに収まってしまう。
答えのない問いに対して知恵は現場にあるし、なんとかこの城を守りたいというスタッフの気持ちに支えられながらそれを生かそうという人たちがいます。
福士をキーワードにしながら、地域のよりどころとなっている素晴らしい事例の一つでした。