柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)の直木賞候補作「孤狼の血」(2015)が映画化された。最近好調の白石和彌監督の確かな演出手腕を楽しめるノワール映画になっている。白石監督は「ロマンポルノリブートプロジェクト」で「牝猫たち」を撮ったけど、今度の映画は「東映実録映画リブートプロジェクト」という感じ。(リブートは「再起動」。)もともと原作が東映実録映画へのオマージュで、ストーリーは基本的に原作の通りだが、映画向きに順番が多少変更されている。

柚月裕子は1968年生まれだから、70年代半ばの実録映画を生で見ている世代じゃない。小説では「昭和63年」、つまり1988年の広島県呉原市という設定になっている。呉原は明らかに呉で、それだけで「仁義なき戦い」である。横山秀夫の「64」もそうだが、昭和最末期に物語を設定すれば何となく「まだ何でもありだった」感が出せるということか。映画の中では「ポケベル」は持ってるけど、「ケータイ」はない。皆が携帯電話と持ってると、犯罪も恋愛も様相が大きく変わる。
やっぱりちょっと時代設定は無理がある気がする。暴力描写はむしろ激しくなっているかもしれない。実録映画は確かに殴ったり殴られたり、殺したり殺されたりしたけど、こんなに血や死体は出て来なかったと思う。たくさんのホラー映画を通過した「今の時点で作られた実録映画」なんだと思う。だからこそ、今度は広島県や呉市もちゃんとロケに協力して、ロケ地マップも作って観光振興をしてる。暴対法以後の今じゃ映画を見て現実の呉だと思い込む人もいないということか。
物語は役所広司演じる大上(おおがみ)巡査部長と彼に付く広島大卒の新人、日岡(松坂桃李)の絡みで進んでゆく。呉原は尾谷組と加古村組の間で再び抗争の火ぶたが切られようとしていた。折しもサラ金の社員が行方不明になり、暴力団担当の大上は加古村組が関与しているとにらみ、拷問・放火・収賄など不法な手段を駆使して取り調べを進めてゆく。しかし、大上には14年前の暴力団員殺害という噂もあり、警察内部にも反発が強い。日岡にも隠された動機があったが…。そのカラクリを早くからばらしてしまうのはどうかと思うが、描写はエネルギッシュで映像もシャープ。人物たちは生き生きと動き回り飽きさせない。
とても面白いんだけど、話自体は原作に由来する弱点がある。東映実録映画の複雑な抗争の絡み合いが少なく、女性をめぐるドロドロも少ない。大上と日岡の関係、日岡の「成長物語」になってる。黒澤明の「野良犬」や「赤ひげ」で、それはそれで面白いけれど、社会性や政治性が捨象されている。だからなるほどそうなるだろう的な落ち着き方になる。まあ、イマドキ東映実録映画を作るならこうするしかないか。十分楽しめるけど、それで終わっていいのかという話である。
白石和彌監督は、2013年の「凶悪」で注目され、2016年の「日本で一番悪い奴ら」「牝猫たち」、2017年の「彼女がその名を知らない鳥たち」「サニー/32」、2018年に「孤狼の血」、続いて若松プロ、門脇麦、井浦新による「止められるか、俺たちを」と近年立て続けに注目作を撮っている。かつての深作欣二並みではないか。「サニー/32」を見逃しているが、どれも広義のノワールもの。好き嫌いはあると思うけど、要注目の人である。名前で見て損はしない監督だ。

柚月裕子は1968年生まれだから、70年代半ばの実録映画を生で見ている世代じゃない。小説では「昭和63年」、つまり1988年の広島県呉原市という設定になっている。呉原は明らかに呉で、それだけで「仁義なき戦い」である。横山秀夫の「64」もそうだが、昭和最末期に物語を設定すれば何となく「まだ何でもありだった」感が出せるということか。映画の中では「ポケベル」は持ってるけど、「ケータイ」はない。皆が携帯電話と持ってると、犯罪も恋愛も様相が大きく変わる。
やっぱりちょっと時代設定は無理がある気がする。暴力描写はむしろ激しくなっているかもしれない。実録映画は確かに殴ったり殴られたり、殺したり殺されたりしたけど、こんなに血や死体は出て来なかったと思う。たくさんのホラー映画を通過した「今の時点で作られた実録映画」なんだと思う。だからこそ、今度は広島県や呉市もちゃんとロケに協力して、ロケ地マップも作って観光振興をしてる。暴対法以後の今じゃ映画を見て現実の呉だと思い込む人もいないということか。
物語は役所広司演じる大上(おおがみ)巡査部長と彼に付く広島大卒の新人、日岡(松坂桃李)の絡みで進んでゆく。呉原は尾谷組と加古村組の間で再び抗争の火ぶたが切られようとしていた。折しもサラ金の社員が行方不明になり、暴力団担当の大上は加古村組が関与しているとにらみ、拷問・放火・収賄など不法な手段を駆使して取り調べを進めてゆく。しかし、大上には14年前の暴力団員殺害という噂もあり、警察内部にも反発が強い。日岡にも隠された動機があったが…。そのカラクリを早くからばらしてしまうのはどうかと思うが、描写はエネルギッシュで映像もシャープ。人物たちは生き生きと動き回り飽きさせない。
とても面白いんだけど、話自体は原作に由来する弱点がある。東映実録映画の複雑な抗争の絡み合いが少なく、女性をめぐるドロドロも少ない。大上と日岡の関係、日岡の「成長物語」になってる。黒澤明の「野良犬」や「赤ひげ」で、それはそれで面白いけれど、社会性や政治性が捨象されている。だからなるほどそうなるだろう的な落ち着き方になる。まあ、イマドキ東映実録映画を作るならこうするしかないか。十分楽しめるけど、それで終わっていいのかという話である。
白石和彌監督は、2013年の「凶悪」で注目され、2016年の「日本で一番悪い奴ら」「牝猫たち」、2017年の「彼女がその名を知らない鳥たち」「サニー/32」、2018年に「孤狼の血」、続いて若松プロ、門脇麦、井浦新による「止められるか、俺たちを」と近年立て続けに注目作を撮っている。かつての深作欣二並みではないか。「サニー/32」を見逃しているが、どれも広義のノワールもの。好き嫌いはあると思うけど、要注目の人である。名前で見て損はしない監督だ。