尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」を見る

2018年05月02日 21時17分30秒 | アート
 国立新美術館で7日まで開かれている「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」の終わりが近くなってきたから、ちょっと前に見に行った。半数が日本初公開だと言うし、「絵画史上、最強の美少女(センター)。」とか「セザンヌ、奇跡の少年(ギャルソン)。」とか大宣伝してるからやっぱり見ておきたい。前者はルノワール「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」で、後者は「赤いチョッキの少年)」。「美少女」に「センター」なんてルビを振るのはどうなんだと思うが。

 「ビュールレ・コレクション」は、スイスの大実業家エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890-1956年)のコレクションで、「主に17世紀のオランダ絵画から20世紀の近代絵画に至る作品、中でも印象派・ポスト印象派の作品は傑作中の傑作が揃い」と解説に出ている。チューリヒの個人美術館で公開していたが、2008年に国際盗賊団の襲撃を受け、セザンヌ、ドガ、モネ、ゴッホの4点(被害額総計175億円)が盗まれた。チラシにある「赤いチョッキの少年」も盗まれ、2014年にセルビアの首都ベオグラードで発見された。個人美術館では警備費の負担が大きいため、コレクションはチューリヒ美術館に移管されることになり、その間に日本公開が実現したわけである。

 そういう事情を考えると奇跡的な展覧会で、印象派を中心とするたくさんの有名画家の素晴らしい絵が並んでいる。だけど、まあセザンヌやゴッホやモネやマネやドガやルノワールや…の印象がガラッと変わってしまうわけではない。僕らが今まで知っている既知の絵画観に沿った美しさで、絵に浸ることはできるけど衝撃を受けるわけではない。ヴェネツィアの風景画なんかを見て、まさしくヨーロッパの美意識に触れているなあと思う喜びをただ感じていればいいのかなあと思って見て回る。混んではいるけど、連休中は夜8時までやってるから夕方に行けばそこそこだった。

 ルノワールの美少女もいいけど、他の絵を先に挙げておくと、アントーニオ・カナール(カナレット)《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア》という18世紀前半に書かれた風景画。まるで早く書かれた印象派のような素晴らしさ。カミーユ・ピサロ《ルーヴシエンヌの雪道》は普仏戦争で自宅がプロイセン軍に占拠される直前に描かれたパリ郊外。ゴッホは盗難作品も出ているけど、僕は《日没を背に種まく人》が構図的にも面白かった。モネの睡蓮はいろんな絵を見てるわけだが、4メートルにもなる長い絵が出ている。これは写真が撮れるので僕が撮ったもの。
   
 ピエール=オーギュスト・ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」は1880年に描かれた。モデルは当時8歳で、ベルギー出身の銀行家ダンヴェール伯爵の長女イレーヌ。1872年に生まれ、1963年に亡くなったイレーヌの生涯は悲しみの多いものだった。ユダヤ系のイレーヌは、娘と二人の孫をアウシュヴィッツで失った。この絵もナチスに接収されベルリンに移されたが、戦後になってイレーヌに返還された。その後、コレクターのビュールレが競売で入手したが、展覧会の説明では「大実業家」となってるビュールレは、実は武器商人でナチスにも売って儲けたんだという。イレーヌ本人は小さい時からこの絵が好きじゃなかったというが、僕も見ていると何だか世の中の無常を予言しているかのような憂愁の美少女という感じがしてくるのだった。
(「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」)
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