尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国映画「タクシー運転手」と光州事件

2018年05月07日 23時10分37秒 |  〃  (新作外国映画)
 2017年の韓国映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」(택시운전사)が公開されている。1980年に起こった「光州事件秘話」で、ウェルメイドなエンタメ映画でありながら、民主化運動の歴史をこうして語り継いでいくんだという気概にあふれている。韓国で大ヒットし、大鐘賞作品賞を得た。とても面白いし、隣国の現代史を知る意味でも当時を知らない世代に見て欲しい映画。

 1970年代の韓国ではパク・チョンヒ(朴正熙)大統領の軍事独裁が続いていたが、1979年10月26日に中央情報部長のキム・チェグが大統領を暗殺した。当時このニュースを聞いたときは、非常にビックリしたことが思い出される。1980年には民主化の期待が進み「ソウルの春」と呼ばれたが、チョン・ドゥファン(全斗煥)を中心にした軍部強硬派は5月17日に戒厳令を布告した。

 有力野党政治家のキム・デジュン(金大中)、キム・ヨンサム(金泳三)等も拘束され、金大中の地盤だった全羅道の中心地、光州(クァンジュ)では学生・市民のデモが戒厳軍によって強圧的に弾圧された。怒った市民が決起し20万にも増加し、一時は市民が全羅道庁を占拠した。戒厳軍は光州市を包囲し、戦車で制圧し多くの死傷者が出た。今では、「民主化運動」として評価されている。2007年製作のアン・ソンギ主演の映画「光州5.18」を見ると事態の本質をよく理解できる。

 さて、今回の「タクシー運転手」はソウルに住む貧しい運転手の話である。妻に死なれ幼い娘とともに貸家に住んでいる。社会的関心など全然なくて、デモ隊を見れば「学生はいい気なもんだ」とつぶやいている。金に困っていて、外国人が光州までの運転手を探していると聞いて、それは他の運転手のことなんだけど、ずるがしこく横取りする。光州がどうなっているか、全然知らないのである。この貧しき庶民であるタクシー運転手を名優ソン・ガンホが演じて、全く飽きさせない。悪い奴じゃないけど、結構うっとうしい、そんな役柄がはまっている。

 日本にいたドイツ人記者ピーターは光州で起こっていることを世界に伝えたいとソウルに飛ぶ。ユルゲン・ヒンツペーターという記者がモデルである。そこは実話だけど、この運転手は映画化段階では判ってなくて、運転手のエピソードは創作された。うまい話だと高速道路を一路飛ばしていくが、戒厳軍が通行禁止にしている。さあ、どうする? 光州に入れるか、そして取材できるか、無事に金浦空港まで戻れるのか? そういったサスペンスを織り込みながら、一庶民が権力の横暴を目の当たりにして義憤にかられ市民への連帯感が湧き起こる様を説得的に描いている。

 これはよく出来たエンタメ映画で、音楽や撮影なども感情過多に作られている。監督のチャン・フン(1975~)は「映画は映画だ」や「高地戦」などを作った人で、作家性と商業性のバランスがいい。当時を知らない世代なのに、実に時代の空気をうまく描いている。しかし、やはりソン・ガンホ(1967~)の映画というべきだろう。「シュリ」「JSA」などで有名になり、「殺人の追憶」(2003)の刑事役で圧倒的な熱演を見せた。「大統領の理髪師」や「シークレット・サンシャイン」なんかの名演に比べれば、「弁護人」やこの映画はもう全然難しくないと思うけど、やっぱりすごい。
 (ソン・ガンホ)
 僕が初めて韓国へ行ったのが、1980年。大田(テジョン)の学生たちとハンセン病回復者定着村ワーク・キャンプに参加した。この映画の学生たちの様子は、実に「あんな感じ」だ。そして僕はキャンプ終了後に、一人で光州へ行ってみた。ハングルは勉強していたけど、自由に話せるほどじゃない。何とか夜行寝台で朝早く光州へ着いた。もちろん何の痕跡も判らないけど、要所に警戒が続いていたのは怖かった。ただ歩き回っただけなんだけど、それだけでも自分の目で見たかった。それから普通列車で韓国西南の町、ヨス(麗水)に行ったが、車内で歌を歌い踊りあう民衆の姿に圧倒されてしまった。その後船で南岸を周ろうかと思ったが、悪天候で観光船が運休になって、電車でプサンまで行った。そんなことを思い出して見た映画。

 ところでスコセッシの大傑作「タクシー・ドライバー」、リュック・ベンソン製作のアクション「TAXI」、イランのジャファル・パナヒが映画製作を禁止されてタクシー運転手になって車内の様子を編集した「人生タクシー」、崔洋一が在日朝鮮人の運転手を描いた「月はどっちに出ている」、こうしてみるとタクシー運転手の映画も結構多彩である。
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