尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

福沢「ゆきち」を漢字で書けますか?-歴史教育を考える①

2018年05月30日 22時50分54秒 |  〃 (教育問題一般)
 時々「教育問題」を書かないといけない気分になる。教師論や教育行政の話も大事だけど、教育の中身も考えたい。「英語教育」とか「部活動」など中途半端になってるんだけど、そもそも専門である歴史教育の話を書いてない。まあ僕は「先端的な歴史教育の実践家」とは言えない。様々な史料をもとにして、「考える授業」や「討論する授業」もあるけど、そういう報告を見るたびに「生徒に恵まれてるんじゃないか」などと思っていた方である。

 だから僕が特に何か書かなくてもいいんじゃないかと思ってた。しかし、このたび日本エッセイスト・クラブ賞を受けた新井紀子「AI VS 教科書が読めない子どもたち」を読んで、子どもたちの読解力が不足していると驚いていたのに、こっちは逆にビックリした。そんなことは誰でも知ってることだと思ってたのである。学力が低い生徒には様々のパターンがある。本人がただ単に怠けているわけではない。家庭環境もあれば、発達障害も見られる。遊んでいて試験勉強をしない生徒もいるけど、勉強のやり方を教えてもらってない生徒もいっぱいいると思う。

 どちらかというと、僕はそのような生徒と接してきた。授業は「学習指導」であるが、むしろ「生活指導」でもあるような指導を続けてきた。そういう生徒には、テストに向けて頑張ることで「成果」に結び付くような授業じゃないといけない。そのためには、むしろ一定の「暗記授業」も大切だ。「考える授業」は基礎学力の不足している生徒には辛いだけである。そういう問題は次回以後にまた考えたいと思うが、いま文科省を中心に「アクティブラーニング」を推進しているけど、学力が高い生徒でないと食いついていくのが難しくなることは知っておかないといけない。

 リクツの問題は置いといて、僕が実際に教えていて驚いたのは「字の間違いの多さ」である。水俣病を「みずたま病」とか、ヒマラヤ山脈を「ひらやま山脈」とか。どっちも実例だが、なんだか強烈に覚えている。日本史だと、戦国時代を終わらせた「三英傑」、織田信長豊臣秀吉徳川家康は極めつけに重要な人物だろう。日本史の勉強というより、日本人なら誰でも知ってる常識である。でも、これがけっこう書けない。「識田」とか「豊富秀義」とか書いてくる。

 そういう生徒が各クラスに数人はいるので驚いてしまった。書かせなくてもいいという考え方もあるかもしれない。でもこれほどの有名人だと、やっぱりちゃんと漢字で書けないとまずいんじゃないか。今はスマホやパソコンでレポートも書くんだから、何も字にこだわる必要もない。あまり難しい字は僕もそう思って指導した。「奴隷貿易」「奴隷解放宣言」の「隷」の字は、まあ普通一般生活で書くこともないと思う。読める必要はあるが、書けなくてもいいだろう。でも人名は書けて欲しいと思うのである。常識ということもあるけど、それだけじゃない。

 そこでタイトルの話になる。福沢「ゆきち」の名前の方を漢字で書けるだろうか。そんなのは簡単だという人ばかりではない。僕の経験では、「遣唐使」とともに事前に何度注意しておいても必ず何人かは間違う日本史用語ワースト2である。遣唐使に先立つ「遣隋使」の方を書かせると、もちろんもっと多くの間違いがある。でも「」はすぐ亡びたし、まあいいか。とにかく「」と「」、世界遺産と派遣労働、絶対に読み書きできないといけない「現代用語の基礎知識」だ。

 ホント言うと、「福澤」であってほしいところだが、それはまあいい。この人は教科書に必ず出てくるし、一万円札の肖像でもある。幕末から明治半ばまで、さまざまなところで出てくる。昔は「学問ノススメ」だけだったけど、今は「脱亜論」が取り上げられることも多い。「福翁自伝」というものすごく面白い自伝(語り書きだが)もあって、これは歴史教師だけでなく多くの人に読んで欲しい本である。歴史教育に使えるエピソードが満載である。

 「福沢ゆきち」をもとに多くの「考える授業」、「アクティブラーニング」を構想することができる。だが、それほど重要な人物だから漢字で書けないといけないというのではない。そういうことじゃなくて、「ちゃんと字の違いに注意して、テスト勉強できる」という生活習慣がないと、例えば運転免許の筆記試験でも合格できないんじゃないか。世の中で書かなくてはいけない書類に見落としをしちゃうんじゃないか。注意深く覚えるという習慣、そっちが大事なのである。そのために事前に何度も注意し、気をつけるように言う。そして実際に書いてみるように指導する。でも何人かの生徒は「論吉」「輸吉」ときには「輪吉」とさえ間違うのである。で、もちろん正解は判りますよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする