尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ハリエット」、奴隷解放に生きた黒人女性

2020年06月05日 17時40分53秒 |  〃  (新作外国映画)
 東京も映画館が再開されてきた。まだ旧作も多いが、少しずつ新作も公開されている。この間、家でテレビや配信では映画を見なかったので、2ヶ月ぶりぐらいの映画。さて久しぶりに見た映画は「ハリエット」。19世紀半ばのアメリカで、自由を求めた解放奴隷の女性ハリエット・タブマンを描く話題作である。主人公を演じたシンシア・エリヴォ(Cynthia Erivo)がアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。アメリカで起きている事態も思いつつ、「今見るべき映画」だなと思った。

 ハリエット・タブマン(1820or1821~1913)は実在の人物で、そう言えば名前を聞いたかもと思ったが、詳しい人生は知らない。主演のシンシア・エリヴォも知らないから、どういう展開か判らずに見たので迫力ある展開にドキドキしながら見ることになった。監督のケイシー・レモンズもアフリカ系女性監督で、演出にも力がこもっている。ただアカデミー賞でもゴールデングローブ賞でも、シンシア・エリヴォしかノミネートされていない。やはり映画全体を見ると、途中から「偉人伝」になってしまったかなと思う。それでも「所有欲」がいかに人間を堕落させるか、深く考えさせる。

 1849年、アメリカのメリーランド州。農園で働くミンティ(アラミンタ・ロス)は、自由黒人のジョンと結婚している。弁護士に頼んで調べて貰うと、祖父の遺言で自由になれるはずだと判った。主人に掛け合うが、認められない。主人が急死すると、南部に売られそうになる。逃げるしかないと決めたが、自由な夫が捕まると奴隷にされるので、あえてひとりで逃げる。追手に迫られ、川の上の橋で窮地に立つが「自由か死か」と述べて、急流に身を投げる。何とか助かって、自由州のペンシルベニアにたどり着き、フィラデルフィアに落ち着くことになる。

 そこでは奴隷州とは全く違う生活が待っていた。名前を変える人が多いと聞き、母の名を取って「ハリエット・タブマン」を名乗って、自分を助けてくれた奴隷解放運動に加わった。それにしても、気になるのは夫や家族のこと。危険を顧みず、あえて別人の証明書を使って故郷に乗り込む。そこで待つ悲しみを超え、多くの人々を連れてフィラデルフィアに帰還して、自由を求めて北部へ逃げる「地下鉄道」の「車掌」に任命された。ハリエットは神の声を聞き、幾つもの危機を避けることができた。

 幼い頃に奴隷主の暴行で頭部を負傷した。以後「睡眠障害」があると描かれている。「ナルコレプシー」なのかなと思って見ていたが、ウィキペディアを見たらやはりそうだった。何かをしていても途中で眠り込んでしまう病気だが、そのような際に「神の声」を聞けるとした。そこら辺は判らないけれど、当初は字も読めない「ただの女性奴隷」だったハリエットが、途中からどんどんカリスマ性を帯びてくる。ついには南北戦争で黒人男性を従えて従軍するまでになる。実在のハリエット・タブマンは今後アメリカの新20ドル札の肖像になる。(トランプ政権が止めているとも言われる。)
 (実在のハリエットと新20ドル札)
 ハリエットを演じるシンシア・エリヴォは圧倒的。主演女優賞と歌曲賞にダブルでノミネートされた。元々はイギリス出身のミュージカル俳優で、「カラーパープル」のミュージカル版でブロードウェイにデビューして、トニー賞主演女優賞を受賞した。またミュージカルとしてグラミー賞も得た。僕も全然知らない人で、調べて知ったことだが今後大注目だと思う。イギリス人がキャスティングされたことに批判もあったらしいが、熱演と圧倒的な歌唱力で見る者を納得させたと思う。

 前日に「漱石と鉄道」を書いたけれど、「鉄道」にも目に見えないものがあるんだなと気付いた。自由を求めた「地下鉄道」とは、今で言えば「ネットワーク」というべきか。秘密の抵抗運動を「鉄道」にたとえたのが興味深い。日本ではベトナム戦争に反対する「脱走兵」を匿うネットワークが存在した。運動に関わった哲学者鶴見俊輔は「高野長英」を書いた。幕末の蘭学者、高野長英は幕府に囚われたが脱獄して、6年にわたって全国を逃亡した。匿うネットワークが全国にあったのだ。同時代である。
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