カナダ建国の歴史にまつわる物語、 家族のつながりの物語、 を三作品つづけて読みました。
最初に読んだのは、19世紀半ばの物語。 殺人事件の犯人を追うミステリー小説の筋立てなのですが、 登場する家族の いくつもの愛のかたちを描いた物語であり、 厳寒の地の壮大な自然と人間ドラマの物語でした。
『優しいオオカミの雪原』上・下 ステフ・ペニー 著 栗原百代・訳 ハヤカワ文庫 2008年
この本を手にしたきっかけは、 この春 オーストラリアのハードボイルド小説2作を読んだ後(4月の日記>>) 今度はどこの国のミステリを読もうかしら… とあれこれ調べているうちにこの作品を見つけ、 カナダ… 19世紀半ば… なんだか未知の世界だわ…と思って選んだのでした。
ダヴ・リヴァーはジョージア湾の北岸にある。夫とわたしは十二年まえに、ほかの多くの移民たちと同じようにスコットランド高地から追われ、ここに移り住んだ。・・・略
十二年まえのここには木のほかになにもなかった。・・略・・ 鼻につんとくる静けさは、空のように深く果てしなく感じられる。この光景をはじめて目にしたとき、わたしは火がついたように泣きだしてしまった。ここまで自分たちを運んできた軽馬車が音をたてて走り去り、どんなに大声で叫ぼうとも、答えるのは風だけだ、という思いを頭から押しのけられなかった。・・略・・ 夫はわたしのヒステリーの発作がおさまるのを穏やかに待っていて、そのあと、凄みのある笑みをうかべて言った。
「ここには神より偉大なものはない」
物語のはじめのほうの描写です。 主人公の女性がカナダへ入植した時のことをふり返っているところ。。 この辺りを読んで、自分がカナダの移民の歴史のことなど何も知らないことに気づきました。カナダはおもにイギリス系とフランス系の人がいて公用語が二つある、というそれしか知らない。。 この引用のように、木のほかに何もない土地に置き去りにされて、さぁ今日からここで暮らしなさい、なんて・・・
この部分での女性のパニック、、 夫の凄みのある覚悟、、 短い描写でそれらを表現する作者さんの文章にも感心しながら読んでいきました。
ストーリーは、 この主人公の女性が、村の隣人が殺されているのを見つけた後、 犯人の足取り、 この隣人の謎、 主人公女性の家族や、判事一家の家族、 犯人追跡の捜査に来る男たち、 など この入植地の村に関係する多くの人を巻き込んで、 まるで映画のようにいくつもの場面と人物の視点を変えて展開しつつ、進んでいきます。
殺人のあった晩に、 同時に姿をくらましてしまった主人公の息子を追って、 母である主人公は先住民の血を引く男と二人、 北の厳寒の地へ向かいます。 その雪原と湿地と森、 夜空とオーロラ、 といった自然の描写がとても美しいです。 ここでも自分がカナダの事、 何も知らないと気づきました。 カナディアンロッキーの風景ではないのです。
本を読んだ後で、 たぶん「カナダ楯状地」という場所なのだろうと…。 五大湖から北極海まで広がる岩盤の地。 山は全然無く、至るところに大小の湖や湿地。 ウィキ(>>)に載っている写真とこの小説の風景は近いのだと思います。 ただし季節は冬に。 岩盤は一面の雪原と凍った湿地になっています、、 命がけの道程。
もうひとつ、 物語にたびたび出てくる「会社」という言葉、、 これが何なのか分らず、途中で検索しました。 「ハドソン湾會社」(wiki>>)というのは カナダの毛皮の独占取引から始まった会社だそうで、 この物語のなかでも、 先住民や罠猟師たちは毛皮用の獲物をとらえることで生計を立て、 鉄道も何もないこの時代の雪原のはるか奥地にも「交易所」という場所が設けられていて、 そこに「会社」の人間が駐在している。 金よりも高価な毛皮のために捕りつくされていく動物たち…
カナダ建国の歴史と、 知らなかった自然の美しい描写と、 入植者や先住民の「会社」をめぐる現実、、 殺人事件の謎を追ううちに 次第にそのような歴史や暮らしのようすが見えてくるのがとても面白かったです。
そして、 女性主人公の家族の複雑な愛のかたち…。 ここではあまり触れませんでしたが、 胸がせつなくなるような愛の物語も展開していきます。 主人公以外の登場人物たちの、 いくつもの愛と人生の物語も。。 これだけのドラマを詰め込んでも それぞれの人物の個性やドラマの道筋が、ごちゃごちゃにならずに描けるのは見事です。 ドラマがありすぎて、あの人はあれからどうなったのだろう… あの家族はその後… など続きを想像したくなる余韻もありました。
***
『優しいオオカミの雪原』ですっかり カナダの建国の歴史に興味をいだいて、 そういえばこちらもカナダの都市を建設する移民たちの物語だった、、 と 前にも読んだマイケル・オンダーチェさんの『ライオンの皮をまとって』を急に読み返したくなりました。 こちらは20世紀の初め、、 都市化の進むトロントが舞台でした。
『ライオンの皮をまとって』マイケル・オンダーチェ著 福岡健二・訳 水声社 2006年
『ノーザン・ライツ』ハワード・ノーマン著 川野太郎・訳 みすず書房 2020年
そしてもう一冊。 『ノーザン・ライツ』は、 さきほどの「カナダ楯状地」のさらに極北に近いマニトバ州北部が舞台。 たった一軒しかない村、 そこに住む少年が成長していく物語です。 こちらも複雑な家族の愛の物語でした。。
過酷な原野で生きるには ひとりでは決して生きられない。 だけど家族の繋がりとはなんだろう・・・
わたしたちは… というか、 今の日本では、、 固定された家族の有り方に縛られ過ぎていないだろうか・・・
そんなことも考える読書でした。
つづきはまた、、ということにしましょう…
すこしは雪原の冷気がとどけられたでしょうか…
最初に読んだのは、19世紀半ばの物語。 殺人事件の犯人を追うミステリー小説の筋立てなのですが、 登場する家族の いくつもの愛のかたちを描いた物語であり、 厳寒の地の壮大な自然と人間ドラマの物語でした。
『優しいオオカミの雪原』上・下 ステフ・ペニー 著 栗原百代・訳 ハヤカワ文庫 2008年
この本を手にしたきっかけは、 この春 オーストラリアのハードボイルド小説2作を読んだ後(4月の日記>>) 今度はどこの国のミステリを読もうかしら… とあれこれ調べているうちにこの作品を見つけ、 カナダ… 19世紀半ば… なんだか未知の世界だわ…と思って選んだのでした。
ダヴ・リヴァーはジョージア湾の北岸にある。夫とわたしは十二年まえに、ほかの多くの移民たちと同じようにスコットランド高地から追われ、ここに移り住んだ。・・・略
十二年まえのここには木のほかになにもなかった。・・略・・ 鼻につんとくる静けさは、空のように深く果てしなく感じられる。この光景をはじめて目にしたとき、わたしは火がついたように泣きだしてしまった。ここまで自分たちを運んできた軽馬車が音をたてて走り去り、どんなに大声で叫ぼうとも、答えるのは風だけだ、という思いを頭から押しのけられなかった。・・略・・ 夫はわたしのヒステリーの発作がおさまるのを穏やかに待っていて、そのあと、凄みのある笑みをうかべて言った。
「ここには神より偉大なものはない」
物語のはじめのほうの描写です。 主人公の女性がカナダへ入植した時のことをふり返っているところ。。 この辺りを読んで、自分がカナダの移民の歴史のことなど何も知らないことに気づきました。カナダはおもにイギリス系とフランス系の人がいて公用語が二つある、というそれしか知らない。。 この引用のように、木のほかに何もない土地に置き去りにされて、さぁ今日からここで暮らしなさい、なんて・・・
この部分での女性のパニック、、 夫の凄みのある覚悟、、 短い描写でそれらを表現する作者さんの文章にも感心しながら読んでいきました。
ストーリーは、 この主人公の女性が、村の隣人が殺されているのを見つけた後、 犯人の足取り、 この隣人の謎、 主人公女性の家族や、判事一家の家族、 犯人追跡の捜査に来る男たち、 など この入植地の村に関係する多くの人を巻き込んで、 まるで映画のようにいくつもの場面と人物の視点を変えて展開しつつ、進んでいきます。
殺人のあった晩に、 同時に姿をくらましてしまった主人公の息子を追って、 母である主人公は先住民の血を引く男と二人、 北の厳寒の地へ向かいます。 その雪原と湿地と森、 夜空とオーロラ、 といった自然の描写がとても美しいです。 ここでも自分がカナダの事、 何も知らないと気づきました。 カナディアンロッキーの風景ではないのです。
本を読んだ後で、 たぶん「カナダ楯状地」という場所なのだろうと…。 五大湖から北極海まで広がる岩盤の地。 山は全然無く、至るところに大小の湖や湿地。 ウィキ(>>)に載っている写真とこの小説の風景は近いのだと思います。 ただし季節は冬に。 岩盤は一面の雪原と凍った湿地になっています、、 命がけの道程。
もうひとつ、 物語にたびたび出てくる「会社」という言葉、、 これが何なのか分らず、途中で検索しました。 「ハドソン湾會社」(wiki>>)というのは カナダの毛皮の独占取引から始まった会社だそうで、 この物語のなかでも、 先住民や罠猟師たちは毛皮用の獲物をとらえることで生計を立て、 鉄道も何もないこの時代の雪原のはるか奥地にも「交易所」という場所が設けられていて、 そこに「会社」の人間が駐在している。 金よりも高価な毛皮のために捕りつくされていく動物たち…
カナダ建国の歴史と、 知らなかった自然の美しい描写と、 入植者や先住民の「会社」をめぐる現実、、 殺人事件の謎を追ううちに 次第にそのような歴史や暮らしのようすが見えてくるのがとても面白かったです。
そして、 女性主人公の家族の複雑な愛のかたち…。 ここではあまり触れませんでしたが、 胸がせつなくなるような愛の物語も展開していきます。 主人公以外の登場人物たちの、 いくつもの愛と人生の物語も。。 これだけのドラマを詰め込んでも それぞれの人物の個性やドラマの道筋が、ごちゃごちゃにならずに描けるのは見事です。 ドラマがありすぎて、あの人はあれからどうなったのだろう… あの家族はその後… など続きを想像したくなる余韻もありました。
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『優しいオオカミの雪原』ですっかり カナダの建国の歴史に興味をいだいて、 そういえばこちらもカナダの都市を建設する移民たちの物語だった、、 と 前にも読んだマイケル・オンダーチェさんの『ライオンの皮をまとって』を急に読み返したくなりました。 こちらは20世紀の初め、、 都市化の進むトロントが舞台でした。
『ライオンの皮をまとって』マイケル・オンダーチェ著 福岡健二・訳 水声社 2006年
『ノーザン・ライツ』ハワード・ノーマン著 川野太郎・訳 みすず書房 2020年
そしてもう一冊。 『ノーザン・ライツ』は、 さきほどの「カナダ楯状地」のさらに極北に近いマニトバ州北部が舞台。 たった一軒しかない村、 そこに住む少年が成長していく物語です。 こちらも複雑な家族の愛の物語でした。。
過酷な原野で生きるには ひとりでは決して生きられない。 だけど家族の繋がりとはなんだろう・・・
わたしたちは… というか、 今の日本では、、 固定された家族の有り方に縛られ過ぎていないだろうか・・・
そんなことも考える読書でした。
つづきはまた、、ということにしましょう…
すこしは雪原の冷気がとどけられたでしょうか…