豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

堀辰雄『菜穂子ーー他5篇』(岩波文庫)

2021年10月18日 | 本と雑誌
 
 堀辰雄『菜穂子ーー他5編』(岩波文庫、1973年)を買った。新刊は品切れだったので、Amazon で一番安いのを買った。本体100円(税込)で送料が257円だった。
 最近の岩波文庫のような白地に緑色の模様のアート紙のカバーがかかったやつではなかったが、かえって岩波文庫らしい。新字体、新かな遣いに改められていて、ルビも結構ふってあった。
 「楡の家」「菜穂子」「ふるさとびと」の菜穂子3部作(というらしい)に、「菜穂子・覚書1,2」と「楡の家・菜穂子・ふるさとびと・のノオト」が収録されていてる。
 先に読んだ(図書館から借りてきた)小学館文庫の『風立ちぬ・菜穂子』には最初の2作しか入ってなかったので、この岩波文庫で「菜穂子」関連はそろった。巻末の解説(源高根)も役に立った。

 いちばんの収穫は「ふるさとびと」が、追分の牡丹屋旅館の出戻り、「おようさん」が主人公だったこと。
 ぼくは「菜穂子」を、幼くして母を失った男の「母」を求める小説と読んだが、それをもっとも強く感じさせたのが「おようさん」に対する都築明の思いだった。
 堀辰雄自身は19歳の時に関東大震災で母を亡くしており、必ずしも「幼くして」母を失ったわけではない。しかし本書の源高根解説によれば、堀は「ロマン」を書くことを目標にした作家であり、「小説家としての体験<フィクションを組み立てること>と、堀辰雄の人間としての体験<私の体験>」とは同じでないという(293頁)。
 堀にとっては、明が幼くして母を失い孤児になっていることの方が、自身の母に対する気持ちを「現実よりもっと現実なもの」(堀「詩人も計算する」源解説292頁より孫引き)として表現できたのだろう。

 「菜穂子」に出てきた「おようさん」と(牡丹屋に泊まっていた)法科の学生との「噂」など、もっと展開してほしかったが、「ふるさとびと」は、堀自身が「素描のようなものしかできなかった」と書いているように(「ノオト」289頁)、未完成の作品にとどまっている。
 登場人物のうちのだれが堀なのかも定かでない。「噂」のあった法科の学生なのか、レンブラント画集を眺めている美術史専攻の学生なのか、幼少時に「おようさん」と出会っている(都築)明なのか、後半に登場する森(芥川?)の紹介状をもって牡丹屋を訪れる男女連れのうちの男なのか。
 ぼくは、噂の立った法科の学生でも、美術史専攻の学生でも、成人した明でもいいから、「おようさん」と彼との物語を読んでみたかった。「三村夫人」や「菜穂子」との対比で、どのような「ふるさとびと」おようさんが描かれるのか、今ではかってに想像するしかない。

 追分に定住し、追分を故郷とした堀にとって、「楡の家」と「菜穂子」は序章で、「おようさん」こそ最後の作品になるべきだったのではないか。あるいは実生活で生涯の伴侶を得て、もはや「おようさん」との「ロマン」(虚構)を築く必要はなくなったのか。

 岩波文庫版『菜穂子ーー他5篇』に収録されている、初期の「ルーベンスの偽画」「聖家族」「恢復期」については、そのうち『美しい村』を書く機会に改めて・・・。

 2021年10月18日 記


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