豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

堀辰雄「花を持てる女」「不器用な天使」

2021年10月19日 | 本と雑誌
 
 堀辰雄「不器用な天使」と「花を持てる女」を読んだ。
 図書館から借りてきた堀辰雄『風立ちぬ ルウベンスの偽画』(講談社文芸文庫)に収録された小品。返却期限が迫っているので、病院の待ち時間用に持参して読み終えた。

 「不器用な天使」は、堀らしき大学生が、槇という悪友たちとたむろす上野の「カフェ・シャノアル」の清楚な感じの女給(?)を好きになるが、悪友の槇が先に声をかけてしまう。その後、堀らしき男もデート(逢引?)に誘うが、槇の影がちらつく。やがてもっと猥褻な感じのバァで怪しい女給と知り合うが、彼女の中にシャノアルの女の幻影を感じるという話(まとめ方に自信はない)。島崎敏樹のいう「処女性」と「娼婦性」をかね備えた女ということか。
 小津安二郎の映画に脇役で出てくる坪内美子をイメージしながら読んだ。彼女は豊島岡女学校を出て、銀座でカフェの女給をしているところを誰だかに見出されて女優になたっという。
 しかし、この小説はあまり面白くなかった。

 「花を持てる女」は、予想もしなかったことに、なんと「およう」が登場する。それも追分の牡丹屋などではなく、向島の堀の養父との関係で出てくる。

 「花を持てる女」は、大震災で亡くなった堀の実母の思い出話である。
 震災で焼けてしまい、堀は実母の写真を1枚も持っていない。しかし、彼の記憶にはうら若い女の写真が焼き付いている。芸者のような着物をまとい、一輪の花を持った美しい女である。それが堀の記憶に残る唯一の母の写真である。実際の記憶にある母はもっと老けているが、堀はその写真の母を思い出す。

 堀の実父(堀浜之助)は裁判所の書記の監督を務めていて妻もあったが、どういう経緯からか堀の実母と知り合い(婚外子として)堀辰雄をもうけた。正妻は病弱だったため、堀辰雄は堀家の跡取りとして実父の平河町の屋敷で生まれ、育てられる。実母も同居した。妻妾同居である。
 ーーと読んだが、年譜によると、浜之助の正妻は国元に残っていたのだが、やがて上京したため、実母は同居をきらって平河町の家を出たというのが事実らしい。ーー

 堀が3、4歳の頃に、実母は堀を連れて平河町の家を出て親類を頼って向島に蟄居する。ほどなく実父は亡くなり、やがて実母は向島の彫金師上条松吉と子連れで結婚する。
 その松吉が堀の実母と知り合う前に同棲していたのが、なんと「およう」だった。おようは松吉が稽古に通った小唄の若い師匠で、松吉と2、3年同棲するが、松吉の留守中に松吉の弟子と関係をもってしまう。松吉はおようがその弟子と暮らすことを認めたばかりか、家財道具、仕事道具まで与えてしまった。
 --この小説では堀の父親は実名で登場するが、もし「およう」も実名だとすると、いよいよもって「ふるさとびと」の「おようさん」の行く末が読みたかったという思いが強まる。

 そんな経緯で「およう」と別れた後の松吉が出会ったのが堀の実母だった。二人は結婚して、賢婦だった堀の実母に支えられて松吉は仕事に精を出し、辰雄のことも可愛がる。辰雄は松吉を実父と信じて成長する。
 辰雄の実母は関東大震災で被災して亡くなり、それから10年ほど後に独り暮らしを通した松吉も辰雄にみとられて亡くなる。

 そんな松吉や実母が眠る圓通寺(講談社文庫では「円通寺」となっているが、google map を見ると「圓通寺」)を、成人した堀が妻を伴って墓参し、後日改めて一人で訪れる。
 圓通寺は堀の養家(松吉の家)に近く、請地駅から曳舟通りを歩いて行くとあるが、ぼくはこの辺の地理は不案内である。調べると、請地(うけじ)駅は東武伊勢崎線にあった廃駅で、現在の東京スカイツリー駅と曳舟駅の中間くらいにあったという。この近くには現在でも圓通寺が2つある。
 苔むした墓標には、辛うじて「微笑院」という実母の戒名の一部と、「大正12年9月1日」という没年(大震災の日付)が読み取れる。
 堀は圓通寺から請地駅に向かう途中、向島を歩きながら「他郷のものらしい気もちになって」歩いたとある(98頁)。堀にとって、向島も「故郷」ではなかったようだ。 

 堀は、実母が亡くなった後に、叔母から実父と継父(松吉)のことを知らされるが、そうと知っていればもっと父母に孝行しておけばよかったと悔やむ。実母が亡くなった後も、松吉は、病弱で転地生活が多かった辰雄を助けてくれた。
 ただし、巻末の「堀辰雄を語る座談会」で、佐多稲子は、堀はもっと以前からこの事実を知っていたはずだと語っている。ちなみに「カフェ・シャノアル」も上野ではなく銀座にあったはずだという。「現実よりも現実のもの」が語られているのだろう。

 堀は、今のところ『幼年時代』の続きを書く気はないと言っているが、『幼年時代』も読んでみたい。堀は、幼ない頃に一度だけ青山か千駄ヶ谷にあった実父の墓参りをし、その帰りに、堀が幼少期を過ごした平河町の家の近くを電車で通りかかった際に、母が「あそこにおまえが生まれた家があったんだよ」と話しかけたことや、お寺に黒い門があったことをおぼろげに覚えているという。

 今日の病院は、先生の人気があるうえに予約なしだったので2時間以上待たされたが、「花を持てる女」におようが出てきたあたりから、時間はまったく忘れてしまった。

 2021年10月19日 記


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